第26話: 個性が大事——守破離のすすめ
守破離のすすめ。師匠の型を学び、崩し、自分のオリジナリティーを見つける段階へ
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先輩が異動してから2週間が経った。
不思議なことに、思ったほど困らなかった。判断に迷ったとき、頭の中で先輩の声が聞こえる。「師匠はこう言ってた」。その言葉を手がかりに、自分で考えて、自分で決められるようになっていた。
でも同時に、気づいたことがある。
先輩から聞いた師匠の教えを、そのまま実践しているだけでいいのだろうか。
部下に「どう思う?」と聞くのも、朝会で5W1Hを意識するのも、机を片付けるのも、全部師匠の教えだ。全部うまくいっている。でも——これは自分のやり方なのか?
もやもやを抱えたまま、ある夜、先輩に電話した。異動先でも忙しいだろうに、すぐ出てくれた。
「先輩、ちょっと聞いてもいいですか」
「おう、どうした」
「師匠の教えを実践してるんですけど、ふと思ったんです。自分はずっと師匠のやり方を真似してるだけなんじゃないかって。自分のオリジナルがないような気がして……」
先輩が電話の向こうで笑った。
「お前、ちょうどいいタイミングだな。守破離の話をしてやるよ」
守——素直に教えてもらう
「師匠は個性が大事だって言ってた。で、個性を育てるための道筋として守破離を教えてくれたんだ」
「守破離……。武道の言葉ですよね」
「そう。まず守。師匠の説明は素直に教えてもらう段階だった。先人の型を、まず忠実に学ぶ。自分のやり方を入れない。言われた通りにやってみる」
「それって、この1年の自分ですね……」
「そうだ。お前はこの1年、俺から聞いた師匠の教えを素直に実践してきた。笑顔を意識しろと言えば笑顔を意識した。5W1Hで指示を出せと言えば5W1Hで出した。守の段階をちゃんとやったんだよ」
「でも、それだけだと真似で終わりますよね」
「だから次がある」
破——読んで字のごとく破壊
「破は、師匠の言い方だと読んで字のごとく破壊だ」
「破壊……。師匠の教えを壊すんですか?」
「壊すっていうか、疑うんだ。守の段階で学んだ型を、自分の状況に合わせて崩してみる。師匠はこう言ってたけど、自分のチームでは少し違うやり方のほうが合うかもしれない。その違和感を大事にしろってことだ」
「違和感……」
「たとえばさ。師匠は大事なことは3回言えって言ってただろ。でもお前のチームは3人だ。3人なら、全体に3回言うよりも1人ずつ個別に1回ずつ丁寧に言うほうが伝わるかもしれない。型は同じでも、やり方はお前のチームに合わせていい」
「あ……。自分、すでに少しやってたかもしれません。朝会のやり方とか、師匠の教えそのままじゃなくて、うちのチームに合う形にアレンジしてた」
「それが破だよ。守をちゃんとやった人間は、自然と破に入るんだ。型を知ってるから、どこを崩していいかがわかる。型を知らない人間が崩すのは、ただの我流だ。守を飛ばして破はできない」
離——自分のオリジナリティー
「最後が離。師匠は自分のオリジナリティーを作る段階だって言ってた」
「オリジナリティー……」
「守で型を学んだ。破で型を自分に合わせて崩した。離は、もう型を意識しなくても、自分のやり方ができてる状態だ。師匠の教えが体に染み込んでいて、考えなくても自然に動ける。でもそれは師匠のコピーじゃなくて、お前だけのやり方になってる」
「自分だけの……」
「師匠は面白いことを言っててさ。いいものは残す。直すべきは直す。それを繰り返した先に、お前だけの管理職像ができるって。師匠のやり方が全部正しいわけじゃない。時代も違う。部下も違う。会社も違う。師匠のエッセンスを残しつつ、お前自身のやり方を見つけろってことだ」
「先輩は、離の段階ですか?」
「……どうだろうな。師匠の教えからは離れたつもりだけど、気づいたら師匠と同じことを言ってることがある。完全に離れることはないのかもしれない。でもそれでいいんだと思ってる。土台は師匠で、上に建ってるのは自分の経験。それが俺のオリジナリティーだ」
電話を切ったあと、ノートを開いた。
この1年で学んだことを書き出してみた。師匠の言葉。先輩のアドバイス。そして、自分がやってみて感じたこと。
師匠の言葉と、自分の経験が混ざっているものがいくつかあった。たとえば「部下を観る」。師匠の教えは「表面に眼を奪われるな」。でも自分が実践して気づいたのは、朝の挨拶の声のトーンで部下の状態がわかるということ。それは師匠の言葉にはなかった。自分だけの発見だった。
守の先には、破がある。破の先には、離がある。
まだ守を抜けたばかりかもしれない。でも、自分だけの管理職像が、少しずつ形になり始めている気がした。