Yyatmita

第27話: やってみないと次がない——自分の言葉を持つ

やってみないと次がない。師匠の29の言葉を自分の4つの原則YRGRに昇華する最終話

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守破離の話を聞いてから、仕事への向き合い方が変わった。師匠の教えを土台にしつつ、自分のやり方を探し始めた。全部が師匠の真似じゃなくていい。自分の経験から生まれたものを、少しずつ積み上げていけばいい。

新規事業のプロジェクトは佳境に入っている。壁にぶつかるたびに、この1年で学んだことを総動員している。部下を観る。任せて任せず。情報を伝える。判断がブレない。笑顔を忘れない。全部が、ここで活きている。

ある日の終業後、部下の1人が声をかけてきた。改善提案を出してくれた、あの部下だ。

「ちょっといいですか」

「どうした?」

「来月、新規事業の成果報告があるじゃないですか。あの発表、自分にやらせてもらえませんか」

驚いた。この部下は半年前まで口数が少なくて、人前に出るのを嫌がっていた。

「……なんでやりたいと思ったの?」

「なんか最近、仕事が楽しくて。このプロジェクトをやってて、初めて自分から何かやりたいって思ったんです。うまく言えないんですけど、ワクワクするっていうか……」

ワクワク。

その夜、先輩に電話した。

「先輩、部下がワクワクするって言ったんです」

「……そうか。じゃあ最後の話をするよ」


師匠の言葉

「師匠が最後に言ってたことがあってさ。やってみないと次がないって」

「やってみないと次がない……」

「師匠はこう言ってた。新しいことを始めるのは怖い。でもやってみたら手応えがある。手応えがあるともっとやりたくなる。その繰り返しでしか人は前に進めないって」

「……」

「師匠が一番嬉しかったのはな、部下が仕事が面白いって顔をしてるのを見ることだったんだよ。数字が上がることでも、上に評価されることでもなくて。自分のチームの人間が、仕事を面白がってる。それが師匠にとっての最高の成果だった」

「……」

「師匠だって全部できてたわけじゃない。毎回最後に言ってたんだよ。自分も全然できていない。日々反省だ。失敗の連続で、まだまだ未熟者だって。あの人は本気でそう思ってたんだ」

先輩が少し黙って、それから言った。

「お前、もう大丈夫だ。あとは自分で考えろ。困ったら電話しろ。でもな——たぶん、もうあんまり電話してこないと思うよ」

「……そうかもしれないですね」

「それでいいんだ」


自分の言葉

電話を切ったあと、しばらくぼんやりしていた。

この1年、先輩からたくさんの言葉をもらった。全部、師匠の言葉だった。タイムマネジメント。自己防衛。謙虚さ。部下を観る。叱ると怒る。評価の眼。率先垂範。経営感覚。全体最適。中長期の眼。笑顔。挨拶。手柄。信頼。情報伝達。指示。場づくり。机の上。教育。人格。任せて任せず。

29の言葉。全部覚えている。全部やってみた。全部はまだできていない。

でも——ふと思った。

師匠の言葉を、自分はそのまま部下に伝えるのだろうか。

守破離の話を思い出した。守で型を学んだ。破で自分に合わせて崩した。そして離——自分のオリジナリティーを作る段階。

師匠の29の言葉を、自分なりに噛み砕いてみよう。1年間の経験を通して、自分が本当に大事だと思ったことを、自分の言葉で整理してみよう。

ノートを開いた。


4つのこと

書いては消し、書いては消した。29の言葉を並べ替え、グループにまとめ、何度もやり直した。

夜中の2時。ようやく、4つに整理できた。

成果を生む組織であること。経営感覚を持つ。全体を見る。中長期で考える。目の前の仕事を回しながら、将来の種をまく。管理職は組織を通じて成果を出す存在だ。

責任を取る管理職であること。勘違いしない。手柄を取らない。逃げない。自分の弱さを知り、それでも前に出る。部下の失敗は自分の責任だ。

人を育てること。部下を観る。教える。任せる。叱るときは相手のために。評価するときはフラットに。一人ひとりの見えない力を引き出す。人が育てば、組織は強くなる。

信頼と敬意を大切にすること。笑顔で挨拶する。場をつくる。情報を伝える。的確に指示する。机の上を整える。小さな積み重ねが、信頼になる。

成果。責任。成長。信頼。

——Yield。Responsibility。Growth。Respect。

頭文字を並べて、声に出してみた。

YRGR。

師匠の29の言葉が、4つの原則になった。師匠の言葉でも、先輩の言葉でもない。自分がこの1年で体験して、自分の手で整理した、自分の言葉だ。

守で学んだ。破で崩した。そして今、離のはじまりにいる。


翌朝、いつもより少し早く出社した。机の上はきれいだ。チームの席を見渡した。まだ誰も来ていない。

部下が来たら、名前つきで挨拶しよう。笑顔で。

新規事業の成果報告は、あの部下にやらせよう。名前を出して、上に伝えよう。

管理職になって1年。まだまだ未熟だ。できていないことだらけだ。でも1年前の自分とは、確実に違う。

あの日、途方に暮れて先輩に電話した夜。あれが自分のはじまりだった。

ノートの表紙に、4文字を書いた。YRGR

いつか自分も、誰かに伝える日が来るかもしれない。そのときは師匠の言葉じゃなく、自分の言葉で。師匠が29の言葉を残したように、自分もまた、自分の形で残していく。

さあ、今日も始めよう。

やってみないと、次がない。


——おわり