第25話: 一期一会——出会いが人を変える
一期一会——出会いのタイミングは運。先輩の異動を前に、出会いの連鎖を受け取る
この記事は約5分で読めます
花見のあと、先輩と会う頻度が少し減った。新規事業のプロジェクトが本格化して、こちらが忙しくなったのもある。でも理由はそれだけじゃない。先輩に相談しなくても、自分で判断できることが増えた。
嬉しいような、少し寂しいような。
ある金曜の夜、先輩からメッセージが来た。「来週の土曜、飯行かないか。話したいことがある」。
何だろう。気になったけれど、深く考えずに「行きます」と返した。
土曜の夕方、駅前の定食屋。先輩がもう座っていた。
「先輩、話したいことって何ですか?」
「まあ座れよ。飯食いながら話す」
焼き魚定食を2つ頼んで、先輩が切り出した。
「実はな、来月から本社に異動になった」
「え……」
「栄転ってやつだ。ありがたい話なんだけど、こっちにはもう来れなくなる」
箸を持ったまま、しばらく何も言えなかった。
出会いのタイミング
「師匠がさ、一般職向けの話で一期一会のことを書いてたんだよ」
「一期一会……」
「師匠は出会いのタイミングは運だって言ってた。自分で選べるもんじゃない。どんな人と、いつ、どこで出会うか。それは全部偶然だ。でもその偶然を活かせるかどうかは自分次第だって」
「……」
「お前が1年前、最初に俺に相談してきたとき。あのタイミングで相談してなかったら、俺は師匠の話をお前にしてなかった。お前が管理職になったタイミングと、俺がたまたま近くにいたタイミングが重なった。それは運だ」
「先輩に相談したのは、本当にたまたまでした。誰にも言えなくて、先輩の顔が浮かんで……」
「それでいいんだよ。師匠も言ってた。大事な出会いってのは、あとから振り返って初めて気づくもんだって。そのときは、ただ目の前のことに必死なだけだ」
圧倒的に力が違う人
「師匠が面白いことを言っててさ。圧倒的に力が違う人との出会いが、自分を変えるって」
「圧倒的に力が違う人……。師匠のことですか」
「俺にとってはそうだった。師匠に出会う前の俺は、管理職としてどうしようもなかった。自己流でやって、部下に嫌われて、数字も出なかった。でも師匠と一緒に仕事するようになって、全部が変わった。見えてる景色が違う人のそばにいると、自分の景色も変わるんだ」
「先輩が僕にとってのそれだったんだと思います」
先輩が少し照れたように味噌汁をすすった。
「俺は師匠ほどじゃないけどな。でも師匠はこうも言ってた。圧倒的に力が違う人に出会うためには、自分が一生懸命に仕事をしてないとダメだって。いい加減にやってる人間のところには、いい出会いは来ない。一生懸命にやってるから、一生懸命な人が寄ってくる」
「……」
「お前が最初に俺に相談してきたとき、俺が話を聞いてやろうと思ったのは、お前が本気で悩んでたからだよ。適当に愚痴りたいだけだったら、師匠の話はしなかった」
一期一会の意味
「先輩、一期一会って、もう会えないって意味ですか……?」
「バカ。異動するだけで死ぬわけじゃないだろ」
先輩が笑った。
「一期一会ってのは二度と会えないって意味じゃないんだ。今この瞬間の出会いを大切にしろって意味だ。師匠は目の前にいる人を大事にしろ。その人から学べることを、今のうちに全部学べって言ってた」
「今のうちに……」
「俺は師匠から学べるだけ学んだと思ってる。でももっと聞いておけばよかったって思うことも、いくらでもある。だからお前にはなるべく全部伝えておこうと思って、この1年いろいろ話したんだ」
先輩がまっすぐこっちを見た。
「で、今度はお前の番だ。お前が師匠の話を聞いて、自分で実践して、自分のものにした。それをいつか、お前の部下に伝えていけ。一期一会ってのはそういう連鎖なんだよ。師匠から俺へ、俺からお前へ、お前から次の誰かへ」
定食屋を出て、駅まで歩いた。
「先輩、1年間ありがとうございました」
「何だよ改まって。電話はできるだろ。困ったら連絡しろ」
「はい」
「あとな。お前、もう大丈夫だよ。この1年で自分で考えて、自分で動ける管理職になった。俺がいなくても回る。自信持て」
先輩が手を挙げて、改札に向かった。
背中を見送りながら、思った。1年前、途方に暮れて先輩に電話した夜。あのとき先輩が出てくれなかったら、今の自分はいなかった。
出会いは運だ。でもその運を活かせたのは、自分が必死だったからだ。
次は自分が、誰かにとっての「あの出会い」になる番だ。