Yyatmita

第22話: 任せて任せず——信頼と放任は違う

任せて任せず——松下幸之助の言葉。信頼と放任は違う、信頼と管理の間にある絶妙な距離感

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取引先の提案を断ってから、不思議と気持ちが軽くなった。数字は正規のプロセスで取りにいく。そう決めたら、やるべきことが明確になった。理念があると、判断が速くなる。

さて、育成は進んでいる。部下たちはそれぞれ成長している。新しい仕事を任せた○○さんは窓口業務が板についてきた。「どう思う?」と問いかけを続けている部下は、自分で考える癖がついてきた。改善提案を出してくれた部下は、2つ目の提案を持ってきた。

——でも、ここで新しい悩みが出てきた。

任せるのはいい。でもどこまで任せていいのかがわからない。

○○さんに窓口を任せたとき、途中経過をどこまで確認すべきか迷った。聞きすぎると「信頼されてない」と感じるかもしれない。聞かなさすぎると、問題が大きくなってから発覚するかもしれない。

先輩に相談しようと思ったら、先輩のほうから連絡が来た。

「今日、時間あるか。お前に話しておきたいことがある」

珍しく真剣な声だった。駅前のカフェで待ち合わせた。

「先輩、何かあったんですか?」

「いや、お前が最近どんどん成長してるから、そろそろこれを伝えておこうと思ってな」

先輩がコーヒーカップを両手で包んだ。

「師匠がな、最後に教えてくれたことがあるんだ。管理職として一番大事なことだって。任せて、任せずだ」


松下幸之助の言葉

「任せて任せず……。松下幸之助ですよね」

「知ってるか。師匠はこの言葉が一番好きだったんだ。で、この言葉の意味を本当に理解するのに10年かかったって言ってた」

「10年……」

「最初は矛盾に聞こえるだろ。任せるのか、任せないのか、どっちだよって。でも両方なんだ。師匠の説明はこうだった。任せるとは、部下を全面的に信頼して仕事を託すこと。任せずとは、丸投げにならないよう的確なタイミングでレビューすること。この2つを同時にやるのが管理職だって」

「信頼して託すのに、レビューもする……。それって矛盾しません?」

「そう思うだろ。俺も最初はそう思った」


信頼と放任は違う

「師匠はこう言ったんだ。信頼と放任は違うって。任せるってのは信頼だ。お前ならできると思って託す。でも任せっぱなしにするのは放任だ。部下が困ってても気づかない。問題が起きても知らない。それは信頼じゃなくて、無関心だ」

「無関心……」

「逆に、毎日『あれどうなった? これどうなった?』って聞くのは管理であって信頼じゃない。部下は監視されてると感じる。任せてもらった気がしない」

「……自分、両方やってました。任せっぱなしの部下もいれば、毎日確認してる部下もいて」

「大丈夫だ。みんな通る道だよ。で、師匠が教えてくれたのはちょうどいい距離感の取り方だ」


的確なタイミングでレビューする

「師匠のやり方はこうだった。仕事を任せるとき、最初に3つのことを決める

先輩が指を折った。

「1つ目。ゴールを共有する。何がどうなったら完了か。これは5W1Hの話と同じだ。2つ目。中間のチェックポイントを決める。1週間の仕事なら3日目に一度見せてもらう、みたいに。最終日に初めて見るんじゃなくて、途中で軌道修正できるタイミングをつくっておく」

「チェックポイント……」

「3つ目が大事だ。困ったら何も恥ずかしがらないですぐ言ってくれと伝える。これを最初に言っておくだけで、部下は相談しやすくなる。逆にこれを言わないと、部下は任せてもらったのに助けを求めるのは情けないと思って抱え込む」

「あ……○○さんに窓口を任せたとき、3つ目を言ってなかったです」

「だろ。任せるときの最初の一言で、その後の全部が変わるんだ」


任せたら口を出すな、でも目は離すな

「先輩、チェックポイントで確認するとして、それ以外の時間はどうすればいいんですか? 気になっても何も言わないほうがいいですか」

「師匠の名言でさ、任せたら口を出すな。でも目は離すなってのがあるんだ」

「口を出さないけど、目は離さない……」

「部下が作業してる間、横からあれこれ言うな。やり方が自分と違っても、口を出すな。部下のやり方を尊重しろ。でも、状態は見ておけ。部下の表情を見ろ。進捗を見ろ。困ってないか、行き詰まってないか。観るんだよ」

「部下を観る、の話だ……」

「全部つながってるんだよ。部下を観る。困ってそうなら声をかける。でも助けを押しつけるな。『何か困ってない?』と聞いて、部下が『大丈夫です』と言ったら、引く。でも目は離さない。大丈夫じゃなさそうだったら、もう一度声をかける

先輩がコーヒーを飲み干して、まっすぐこっちを見た。

「師匠がな、最後にこう言ったんだよ。任せて任せずができるようになったら、お前は一人前の管理職だって。俺はまだできてるとは思ってない。でも目指してる。お前もこれから、ずっとこの言葉と付き合っていくことになる」


翌日、○○さんのところに行った。

「窓口の件、順調だと思うけど、一つだけ言い忘れてたことがあって。困ったことがあったら、遠慮しないですぐ言ってね。途中で方向修正するのは全然恥ずかしいことじゃないから」

○○さんが少し安心した顔をした。

「実は、1個だけ判断に迷ってることがあって……」

すぐに出てきた。言い忘れていた一言を、ずっと待っていたのかもしれない。

任せる。でも放り出さない。信頼する。でも無関心にならない。

この距離感を、一生かけて学んでいくのだと思った。