第21話: 人格形成——誘惑に負けない理念を持つ
管理職は人格形成をしっかりやる。誘惑に負けない理念を持ち、部下に胸を張って説明できないことはやらない
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「○○さんはどう思う?」を続けている。最初は戸惑っていた部下も、3回目くらいから自分なりの考えを出してくるようになった。全部が正解じゃない。でも「考える」という行為自体が、確実に部下を変えている。
隣のチームのベテランに頼んだクライアント対応の勉強も、うまくいっている。部下が「あの人の話、すごく勉強になりました」と言ってきた。自分では教えられなかったことを、別の人が教えてくれた。教育は一人で抱えなくていい。
ところで——最近、ちょっとした出来事があった。
取引先との会食で、先方の部長が「今度の案件、御社に有利になるように話を進めるから。その代わり、次の発注のときよろしく頼むよ」と耳打ちしてきた。
悪い話ではない。いや、正直に言えば、ありがたい話だ。チームの数字にも直結する。
でも、何か引っかかった。これは、受けていい話なのか。
翌日、先輩に会いに行った。会社の近くの喫茶店。先輩は休みだったのに、来てくれた。
「先輩、ちょっと聞いてほしいことがあって」
事情を話した。先輩の顔が少し厳しくなった。
「お前、それをどう思った?」
「……正直、ありがたいと思いました。でも何か違う気がして」
「その何か違うを大事にしろ。それがお前の理念だ」
誘惑に負けない
「師匠は管理職は人格形成をしっかりやれって言ってた。人格って大げさに聞こえるだろ。でも師匠の意味はこうだ。管理職は判断する立場にいる。判断する立場には、誘惑がある。誘惑に負けない自分をつくれって」
「誘惑……」
「管理職になると、プレーヤー時代にはなかった判断を求められる。予算の使い方、取引先との付き合い方、人事の評価。全部にグレーゾーンがある。完全な白でも完全な黒でもない。そのグレーの中で、どっちに倒すかを決めるのが管理職だ」
「グレーゾーン……」
「さっきの取引先の話。違法じゃないかもしれない。でもフェアじゃない。他の会社が同じ条件で競争できなくなる。お前のチームの数字は上がるかもしれないけど、会社全体として正しいか」
「全体最適の話……ですね」
「そうだ。師匠は目の前の利益に飛びつく管理職は、長期的に会社を壊すって言ってた。短期の数字は出る。でも取引先との関係がいびつになる。噂が広まる。信頼を失う。一度失った信頼を取り戻すのに、どれだけかかるか。信頼の話のとき言っただろ」
理念を固めておく
「先輩、でも判断に迷うことってありますよね。何が正しいかわからないとき、どうすればいいんですか」
「そのために理念を固めておくんだ。師匠はそう言ってた。迷ったときに立ち返る場所を持っておけと」
「理念って、会社の理念ですか?」
「会社の理念もある。でもそれだけじゃない。自分の理念だ。自分は管理職として何を大事にするか。何を守るか。何をやらないか。それを決めておけと」
先輩がコーヒーを一口飲んで続けた。
「師匠の理念はシンプルだった。部下に胸を張って説明できないことはやらない。それだけだって。取引先にうまい話を持ちかけられたとき、それを部下に説明できるか。部下が同じことをしたとき、叱れるか。叱れないなら、自分もやるな」
「部下に胸を張って説明できるか……」
「お前のさっきの話。取引先の部長の提案を受けたとして、それを部下に説明できるか。『先方に便宜を図ってもらったから、次はこっちが便宜を図る』——それを部下の前で言えるか?」
「……言えないです」
「それが答えだ」
倫理は能力の一部
「先輩、こういう話って精神論に聞こえるんですけど……。仕事の能力とは別の話というか」
「俺も最初はそう思った。でも師匠は倫理は能力の一部だって言ってた。どんなに仕事ができても、倫理観がない管理職は周りを壊す。逆に、能力が足りなくても、倫理観がしっかりしてる管理職のところには人がついてくる」
「信頼の話とつながりますね。実績より人柄……」
「そうだ。信用は実績で、信頼は人柄だって言っただろ。人格形成ってのは、信頼される人柄をつくることなんだよ。そして信頼される人柄ってのは、判断がブレない人間だ。誘惑に負けない。グレーを正しい方に倒せる。部下はそれを見てるんだ」
先輩が少し笑った。
「師匠もさ、完璧な人間じゃなかったんだよ。迷うことはあったって言ってた。でも迷ったときに理念に立ち返ることだけは守ってたって。迷わない人間じゃなくて、迷ったときに戻れる場所を持ってる人間が強いんだ」
喫茶店を出て、先輩と別れた。
月曜日、取引先の部長に電話した。
「先日のお話、ありがたいんですが、お断りさせてください。正規のプロセスで進めたいと思います」
電話の向こうで、少し沈黙があった。「そうか。真面目だな」と言われた。嫌味かもしれない。でも構わなかった。
部下に胸を張って説明できないことはやらない。
それが、自分の理念の最初の一行になった。