第20話: 教育をしっかり——企業は人なり
企業は人なり。OJTだけが教育ではない。考え方を教え、視野を広げる機会をつくる
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○○さんに新規案件の窓口を任せた。最初の1週間は不安そうだった。でも2週間目から動きが変わった。クライアントとのやり取りを自分で整理して、要点をまとめて報告してくるようになった。今までの仕事で培った「確実にやり切る力」が、そのまま活きていた。
上司が「○○さん、窓口向いてるな」と言ってくれた。名前を出して報告した。もちろん。
さて、育成計画を進める中で、壁にぶつかった。
部下に新しい仕事を任せるのはいい。でも任せるだけでは成長しない部下もいる。やり方がわからない。考え方がわからない。経験だけでは補えないものがある。
——教えなきゃいけないのだと思った。でも、どう教えればいいのかがわからない。
木曜の夕方、先輩が電話をかけてきた。珍しかった。
「おう、今日ヒマか。ちょっと付き合え」
駅前の立ち飲み屋。先輩がハイボールを頼んで、こっちを向いた。
「最近どうだ」
「育成の話なんですけど。仕事は任せてるんです。でも任せるだけじゃ足りない気がして。教えなきゃいけないことがあるんですけど、何をどう教えればいいのか……」
「来たな、その段階」
企業は人なり
「師匠がよく言ってた言葉でさ、企業は人なりってのがあるんだ。聞いたことあるだろ」
「ありますけど、正直ピンと来てなかったです。スローガンみたいなものかなって」
「俺も最初はそう思ってた。でも師匠の意味はもっと具体的だった。会社の強さは、社員一人ひとりの能力で決まる。その能力を上げるのが教育だ。だから教育は管理職の最重要任務だって」
「最重要……」
「売上を上げるのも大事だ。コストを下げるのも大事だ。でも師匠は人を育てないと、売上もコストも長期的には改善しないって言ってた。短期の数字は仕組みで出せる。でも長期の成長は人でしか出せないんだ」
OJTだけが教育じゃない
「先輩、教育って言われると、OJTが思い浮かぶんですけど。オン・ザ・ジョブ・トレーニング。実際の仕事を通じて先輩や上司が教える、みたいな」
「それも教育の一つだ。現場で手を動かしながら覚えるのが一番身につくからな。でも師匠はOJTだけが教育じゃないって言ってた」
「OJTだけじゃ足りないんですか?」
「考えてみろ。OJTは今の仕事のやり方を教えるものだ。目の前の業務をこなせるようにする。それは大事だけど、それだけだと今の仕事はできるけど、新しい仕事には対応できない部下になる」
先輩が指を折った。
「師匠は教育を3つに分けてた。1つ目がOJT——仕事の中で教える。2つ目が考え方を教える。なぜこの仕事をこうやるのか、判断の基準は何か。やり方じゃなくて、やり方の裏にある理由を教える。3つ目が視野を広げる機会をつくる。他部署の仕事を見せる、外部の勉強会に行かせる、本を薦める。自分の仕事の外側を知る機会だ」
「3つ……。自分、1つ目しかやってなかったです」
「ほとんどの管理職がそうだ。OJTは一番やりやすいからな。でも師匠はOJTだけで人は育たないって断言してた。仕事のやり方は教えられる。でも考える力と視野の広さは、意識して場を作らないと育たないんだ」
教えるとは引き出すこと
「先輩、2つ目の考え方を教えるって、具体的にどうするんですか?」
「師匠のやり方はシンプルだった。部下が判断に迷ったとき、答えを教えない」
「教えないんですか?」
「答えの代わりに問いを出すんだ。『お前はどう思う?』『なぜそう判断した?』『他にやり方はないか?』。部下に考えさせる。で、部下が自分で答えを出したら、それがずれててもまずそこまで考えたことを認める。それから修正する」
「答えを言ったほうが速くないですか……」
「速いよ。でも速いのは今日だけだ。答えを教えたら、部下は次も答えを聞きに来る。考え方を教えたら、部下は次から自分で考えて動ける。師匠は魚を与えるな、釣り方を教えろって言ってた。聞いたことあるだろ」
「ありますけど、実践するのは難しそうですね……」
「難しいんだよ。目の前で部下が間違った方向に進んでるのを黙って見てるのは、管理職にとって一番きつい。でも失敗する前に止めるんじゃなくて、失敗しても大丈夫な範囲で経験させる。それが教育だ。前に叱ると怒るの話をしたとき、同じミスを2度と起こさないようにするって言っただろ。自分で考えて失敗した経験は、二度と忘れない」
管理職は先生じゃない
「先輩、自分に教える力があるのかって不安なんですけど……。自分だってまだ全然わかってないのに」
「師匠はこう言ってたよ。管理職は先生じゃない。管理職は環境をつくる人だって」
「環境……」
「全部を自分で教える必要はないんだ。自分が教えられることは自分で教える。でも自分が教えられないことは、教えられる人につなげる。他部署の先輩に頼む、外部の研修に出す、本を渡す。学べる環境を整えるのが管理職の仕事であって、全部自分でやる必要はない」
先輩がハイボールを飲み干した。
「謙虚さの話を覚えてるか。知らないことは知らないと言え。教育も同じだ。自分が知らないことを無理に教えようとするな。知らないなら、知ってる人のところに部下を連れていけ。それも立派な教育だ」
「……なんか、肩の荷が降りました」
「降ろせ降ろせ。全部自分で背負おうとするのは、最初にお前が相談してきたときと同じだぞ」
翌週、2つのことをやった。
1つ目。部下が「これどうすればいいですか」と聞いてきたとき、すぐに答えを言わなかった。「○○さんはどう思う?」と返した。部下が少し考えて、自分なりの案を出してきた。8割合っていた。残りの2割を一緒に修正した。
2つ目。隣のチームのベテランに声をかけた。「うちの部下に、クライアント対応のコツを教えてもらえませんか」。快く引き受けてくれた。
全部自分で教えなくていい。考える場をつくる。学べる環境を整える。
教育は、管理職が一人で抱えるものじゃなかった。