第14話: 信頼される存在になる——一目置かれる管理職とは
信頼される存在になるための3つの条件——約束を守る、嘘をつかない、逃げない
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名前つきの挨拶を始めてから、変化があった。部下だけじゃない。廊下ですれ違う他部署の人にも挨拶するようにしたら、少しずつ顔見知りが増えた。名前はまだ覚えきれていないけれど、会釈を返してくれる人が増えた。
ある日、隣のチームの若手が、わざわざこっちに来て相談してきた。自分のチームの部下ではない。聞けば、自分の上司には聞きにくい内容で、「いつも挨拶してくださるので、話しやすいかなと思って」と。
嬉しかった。でも同時に、少し戸惑った。他のチームの人が相談に来るのは、いいことなのだろうか。
金曜の夜、久しぶりに先輩と居酒屋。
「先輩、ちょっと不思議なことがあって。隣のチームの子が相談に来たんですけど、これってどう受け止めたらいいんですかね……」
「それ、いいことに決まってるだろ」
先輩が即答した。
相談される存在
「師匠が目指してたのがまさにそれなんだよ。師匠は管理職は一目も二目も置かれる立場にならないとダメだって言ってた」
「一目置かれる……。それって実力がある人ってことですか?」
「実力だけじゃない。この人に聞けば何かヒントがもらえるって思われてるかどうかだ。師匠は相談される人間になれって言ってた。相談される管理職は、情報が集まる。情報が集まる管理職は、判断の質が上がる。判断の質が上がるから、さらに相談される。好循環だ」
「笑顔と挨拶で話しかけやすくなるのはわかりました。でもそれだけじゃ、相談されるところまではいかないですよね……」
「そうだな。話しかけやすいのは入口だ。相談されるのは信頼だ。入口と信頼は違う」
信頼の積み方
「じゃあ、信頼ってどうやって積むんですか?」
「師匠に聞いたら、3つ返ってきた。約束を守ること、嘘をつかないこと、逃げないことだって」
「シンプルですね……」
「シンプルだけど、全部やれてる管理職はほとんどいないって師匠は言ってた。約束を守る——期限を破らない、言ったことをやる。嘘をつかない——知らないことは知らないと言う、わからないことはわからないと言う。逃げない——面倒な案件から逃げない、部下の問題から逃げない」
先輩が指を折りながら続けた。
「特に2つ目が難しいんだ。管理職って、知らないことを知らないと言いにくいだろ。立場があるから。でも師匠は知ったかぶりは一発で信頼を失うって言ってた。わからないなら『わからないから調べる』と言え、それが誠実さだって」
「……謙虚さの話と同じですね」
「そう。全部つながってるんだよ」
100年考えても思いつかないアイデア
「師匠が面白いことを言っててさ。一目置かれる管理職は、部下が100年考えても思いつかないようなアイデアを出せる奴だって」
「100年……。そんなの無理じゃないですか」
「大げさに聞こえるだろ。でも師匠の意味はこうだ。部下は部下の視点で考えている。管理職は、部下とは違う視点を持ってるはずだ。経験も、情報も、見えてる範囲も違う。だから、部下が思いつかない角度からアイデアを出せる。それが一目置かれる理由になるんだ」
「部下と違う視点……」
「お前がこの半年で学んできたこと——数字の見方、全体最適、中長期の眼——全部、プレーヤー時代にはなかった視点だろ。その視点から発言するだけで、部下にとっては自分では見えなかった景色を見せてくれる人になるんだよ」
「あ……そういうことか。別に天才じゃなくていいんですね。違う角度で見てるだけで」
「そういうことだ。師匠は天才じゃなかった。でも視点が広かった。だから俺たちは師匠に相談したんだ。自分では見えないものを、師匠は見せてくれたから」
信頼と信用の違い
先輩が焼き鳥を注文してから、少し声を落とした。
「師匠がもう一つ言ってたことがあるんだ。信頼と信用は違うって」
「違うんですか?」
「信用は実績だ。この人は仕事ができる、約束を守る、数字を出す。過去の積み重ねで得られるもの。信頼は人柄だ。この人は誠実だ、逃げない、部下を大事にしている。日々の姿勢から感じるもの」
「信用は実績、信頼は人柄……」
「管理職には両方いる。でも師匠はどちらかを選ぶなら信頼を選べって言ってた。実績がある管理職でも、人柄が信頼できなければ部下はついてこない。逆に、まだ実績が少なくても、信頼できる管理職には人がついてくるんだ」
先輩がビールを持ち上げて、こっちに向けた。
「お前はまだ管理職として実績は少ない。でもこの半年、逃げなかっただろ。部下を観ようとした。叱り方を変えた。手柄を返した。それが信頼だよ。実績は後からついてくる」
少し、泣きそうになった。
帰り道、考えた。信頼される存在になりたい。でもそれは目指すものじゃなくて、毎日の積み重ねの結果なんだ。
明日も、約束を守ろう。嘘をつかないでいよう。逃げないでいよう。