第13話: 挨拶を大事にする——関係性の第一歩
挨拶は関係性の第一歩。相手の存在を認めること、最もコストの低いコミュニケーション投資
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全体ミーティングで、部下の名前を出して改善提案を報告し直した。「この提案は○○が考えてくれたものです」と。上司が「○○さん、いいね」と直接声をかけてくれた。部下は照れくさそうにしていたけれど、その日は一日中、どこか背筋が伸びていた。
名前を出す。たったそれだけのことで、人はこんなに変わるのだ。
——さて、最近もう一つ気づいたことがある。
笑顔を意識し始めてから、朝の「おはよう」の返事が増えた。それ自体は良いことだ。でもふと思った。自分は管理職になる前、ちゃんと挨拶していただろうか。
思い返すと、プレーヤー時代は忙しい朝にパソコンを開きながら「おはようございます」とぼそっと言うだけだった。誰に向かって言っているのかもわからない挨拶。
木曜の朝、出社してフロアを見渡した。挨拶を返してくれる人と、そうでない人がいる。隣のチームには、ほぼ無言で席に着く人が何人かいた。
その日の昼、先輩と社食で。
「先輩、挨拶の話なんですけど」
「おう」
「笑顔の話を聞いてから朝の挨拶を意識してるんですけど、そもそも挨拶ってそんなに大事ですかね。やることやってればいいんじゃないかって思う人もいると思うんですけど……」
先輩が箸を止めた。
「師匠に同じことを言った奴がいてさ。師匠、珍しくちょっと怒ったんだよ」
存在を認めること
「師匠は挨拶は関係性の第一歩だって言ってた。で、その意味をこう説明してくれたんだ。挨拶ってのは、相手の存在を認めることだって」
「存在を認める……」
「朝、上司が自分に向かって『おはよう』と言ってくれる。それだけで自分はここにいていいんだって感じる。逆に、無視されたら? 目も合わさずに通り過ぎられたら?」
「……いないものとして扱われてる感じがします」
「そうだ。挨拶しないってのは、相手の存在を無視してるのと同じなんだ。仕事ができるかどうかの話じゃない。人として認めてるかどうかの話だ」
「そこまで大きい話ですか?」
「大きいんだよ。師匠は挨拶できない管理職は、部下の存在を認めていないのと同じだって断言してた。部下を観ろ、叱り方を考えろ、評価を見直せ——全部大事だ。でもその全部の土台に挨拶がある。土台がないところに何を建てても倒れるんだ」
自分から、笑顔で
「でも、挨拶を返さない人もいますよね。こっちが言っても無視されると、続ける気が失せるというか……」
「それも師匠に聞いたことがある。答えは自分から、笑顔で。返ってこなくても気にするなだった」
「気にするなって……」
「挨拶は相手のためにするんじゃないんだ。自分の姿勢としてするんだよ。返ってくるかどうかは関係ない。自分は挨拶する人間だ。それを毎朝やる。師匠はそれが管理職の品格だって言ってた」
先輩が味噌汁をすすって続けた。
「で、面白いことにさ。返ってこなくても続けてると、そのうち返ってくるようになるんだ。人間ってのは不思議でさ、毎日笑顔で挨拶されたら、無視し続けるほうがエネルギーがいる。3日無視されても続けろ。1週間で変わるから」
「1週間……」
「俺の実体験だよ。部署異動したとき、挨拶しても返さない人がいたんだ。毎朝笑顔で挨拶して、4日目に小さく『おはよう』って返ってきた。そこから少しずつ会話が増えて、半年後にはその人が一番の相談相手になってた」
挨拶から始まる情報
「先輩、挨拶って、笑顔と同じでインフラってことですか?」
「いいところに気づいたな。師匠は笑顔と挨拶をセットで語ってたんだよ。笑顔が部署の天気なら、挨拶は部署の通り道だ。挨拶が通っているチームは、報告も相談も通る。挨拶が通っていないチームは、大事な情報も通らない」
「通り道……」
「考えてみろ。朝、上司に挨拶して、にこっと返してもらえたら、その日の午前中に『ちょっと相談いいですか』って言いやすいだろ。でも朝から無言だったら、相談のタイミングが掴めない」
「確かに……」
「師匠は挨拶は最もコストの低いコミュニケーション投資だって言ってた。1秒、声を出すだけ。それだけで1日の報連相の質が変わる。こんなにコスパのいい投資は他にないって」
挨拶の範囲を広げる
先輩がトレーを持って立ち上がりながら言った。
「あと一つ。師匠は挨拶の範囲を自分のチームに限定するなって言ってた。隣のチーム、別の部署、掃除のおばちゃん、守衛さん。通り過ぎる人全員に挨拶しろと。挨拶の範囲が広い人間は、情報の範囲も広いって」
「全員に……」
「全体最適の話、覚えてるか? 他の部署のことを知るには、まず話すことだ。で、話す前に挨拶がある。挨拶もしてない相手に、いきなり仕事の相談はできないだろ」
そう言われて、廊下ですれ違う他部署の人に、自分がどれだけ挨拶しているか考えた。ほとんどしていなかった。自分のフロア、自分のチームの人にしか声をかけていなかった。
「まあ、いきなり全員は無理だ。まず自分のチーム全員に、毎朝名前つきで挨拶しろ。『おはよう』じゃなくて『○○さん、おはよう』。名前を呼ぶだけで、挨拶の質が変わるから」
翌朝、試してみた。「○○さん、おはよう」「○○くん、おはよう」。3人の部下の名前を、一人ずつ呼んだ。
全員が、顔を上げて返してくれた。