第12話: 部下の手柄を取るな——信頼を失うたった一つのこと
良い結果は部下を褒め、悪い結果は自分が責任を取る。部下の手柄を取ることの代償
この記事は約5分で読めます
笑顔を意識し始めて2週間。最初はぎこちなかったけれど、続けているうちに自然になってきた。先輩の言った通り、部下が話しかけてくる回数が増えた。雑談が戻ってきた。チームの空気が、少しずつ軽くなった。
そんなある日、嬉しいことがあった。
口数の少ない部下——育成計画で「チーム内の勉強会で発表させる」と書いた部下——が、自分から改善提案を持ってきたのだ。業務フローの無駄を見つけて、具体的な解決策まで考えていた。正直、感心した。
「これいいね。上に報告しよう」
部下は嬉しそうに頷いた。
翌日の部門会議。自分の番が来た。部下の改善提案を報告した。上司が「いいね、すぐやろう」と言ってくれた。手応えがあった。
会議後、上司が声をかけてきた。「あの改善案、よく考えたね」。
——そのとき、自分は何と答えただろう。
「ありがとうございます。チームで考えました」
嘘ではない。でも、正確でもなかった。あれは部下が一人で考えてきたものだ。「チームで」と言った瞬間、部下の顔が浮かんだ。
その夜、先輩に電話した。
「先輩、今日やらかしたかもしれません……」
手柄の横取り
「事情は聞いた。で、お前は何が問題だと思ってる?」
「えっと……部下の名前を出さなかったこと、ですかね」
「それだけか?」
「……『チームで考えました』って言ったのは、嘘じゃないけど、部下の手柄を自分のものにしたってことですよね」
「そうだ。師匠に部下の手柄を取っちゃダメだって何度も言われてたよ。あの人はこれだけは絶対に許さなかった」
「絶対に……」
「師匠はこう言ってた。良い結果は部下を褒め、悪い結果は自分が責任を取る。それが管理職だって。逆をやる奴——部下の手柄を自分のものにして、失敗は部下のせいにする奴——は、どんなに仕事ができても信頼を失うんだって」
信頼は一瞬で崩れる
「でも先輩、自分は意図的に横取りしたわけじゃないんです。つい、反射的に……」
「わかってるよ。悪意があったわけじゃないだろ。でもな、部下にとっては関係ないんだよ。お前がどういうつもりだったかじゃなくて、部下がどう感じたかが全てだ」
「……」
「お前の部下は、自分の改善案を持ってきた。勇気がいったはずだ。それが上に報告されて、結果は良かった。でも名前を出してもらえなかった。その部下は次も提案を持ってくると思うか?」
胸が詰まった。あの部下はもともと口数が少ない。やっと自分から動いてくれたのに。
「師匠はこう言ってたんだ。信頼を積むのに1年かかるが、崩すのは一瞬だって。手柄の横取りは、その一瞬のうちの一つだ。本人にそのつもりがなくても、やられた側は覚えてるんだよ」
なぜ手柄を取ってしまうのか
「先輩、なんで自分はあんなことをしたんだと思いますか……。部下のためを思ってたはずなのに」
「師匠に同じことを聞いたことがある。師匠の答えはシンプルだった。上に良く見られたいからだって」
「……」
「管理職って、上と下の両方を見なきゃいけないだろ。で、上に報告する場面では、無意識に自分の評価を上げたくなる。部下の名前を出すより、チームの成果として報告したほうが、自分の手柄に見える。意識してなくてもそうなるんだ」
「自己防衛ですか……」
「お。覚えてるじゃないか。そう、自分を良く見せたいという自己防衛だ。ここまで来ると、第2話の話と全部つながるだろ」
つながった。自己防衛は、自分を守るための無自覚な行動。手柄を「チームで」と言い換えたのも、自分を良く見せるための無自覚な行動だった。
部下の名前を出せ
「じゃあ、どうすればいいんですかね……」
「簡単だ。部下の名前を出せ。報告するとき、『○○が考えた提案です』と言え。それだけだ」
「それだけ……」
「師匠は手柄は人の名前つきで上に上げろって言ってた。そうすると2つのことが起きる。1つは、部下のモチベーションが上がる。自分の仕事が上に届いたとわかるから。もう1つは、お前の評価も上がる」
「え? 部下の名前を出したら、自分の評価は下がりませんか?」
「逆だよ。部下を育てられる管理職として評価される。上司が見てるのは、お前個人の成果じゃなくて、お前のチームが成果を出せてるかどうかだ。部下が自分から提案を持ってくるチーム。それを作ったのはお前だろ」
「あ……」
「師匠がよく言ってたんだよ。部下の手柄を自分のものにする管理職は、目の前の1点を取って将来の100点を捨ててるって。部下の名前を出せば、部下はもっと頑張る。もっと提案が出る。チームの成果が上がる。それが全部お前の評価になるんだ」
明日、名前を呼べ
先輩との電話を切ったあと、しばらく考えた。
明日、あの部下に何を言おう。
翌朝、出社してすぐ部下のところに行った。
「昨日の会議で、ちゃんと伝えられなかったんだけど。あの改善案、上司にもすごく評価されてる。次の全体ミーティングで、お前の名前を出して報告し直すから」
部下は一瞬きょとんとして、それから「いいんですか?」と言った。
「いいもなにも、お前が考えたんだから当然だろ」
部下が少し笑った。ここ数ヶ月で、初めて見た笑顔だった。