第11話: 笑顔が人を集める——管理職の表情は部署の天気
管理職の表情は部署の天気。笑顔は感情ではなく技術、場の空気をつくるインフラ
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育成計画を書き上げた。3人の部下それぞれに「1年後の姿」と「今年経験させること」を書いた。完璧ではないけれど、白紙よりはずっといい。上司に出したら「ちゃんと考えたんだな」と言われた。
日々の仕事は相変わらず忙しい。でも以前と違うのは、目の前の仕事をこなしながら「これは種まきになるか?」と考えるようになったことだ。
ところで、最近気になっていることがある。
チームの雰囲気が、どうも重い。
仕事は回っている。数字も悪くない。でも朝の挨拶に元気がない。昼休みの雑談が減った。部下同士の会話が業務連絡だけになっている。
何が原因かわからなかった。
水曜の午後、先輩が別の用事でうちのフロアに来た。帰りがけに声をかけた。
「先輩、ちょっといいですか。最近チームの空気が重くて……。誰かが不満を持ってるとか、そういう明確な問題じゃないんですけど、なんとなく」
先輩がうちのチームのほうをちらっと見て、すぐにこっちを向いた。
「お前、最近自分の顔見たか?」
「え?」
「鏡見てこい。話はそれからだ」
トイレの鏡で自分の顔を見た。眉間にしわが寄っている。口角が下がっている。疲れた顔をしていた。
戻ってきたら、先輩が腕を組んで待っていた。
「どうだった」
「……ひどい顔してました」
「だろ。チームの天気は管理職の顔で決まるんだよ」
表情が場をつくる
「師匠にさ、部署の雰囲気が悪いって相談したことがあるんだよ。そしたらお前の顔が原因だって即答されて」
「顔が原因……」
「師匠は管理職は笑顔が大事だって何度も言ってた。最初は精神論かと思ったんだけど、違ったんだ。笑顔ってのは、場の空気をつくる道具なんだよ」
「道具……ですか?」
「考えてみろ。朝、上司が険しい顔で座ってたら、部下はどう思う?」
「……今日は機嫌が悪いのかなって、話しかけにくくなります」
「そうだ。で、話しかけにくいから報告が遅れる。報告が遅れるから問題が大きくなる。問題が大きくなるから上司の顔がもっと険しくなる。悪循環だ。逆に、上司がにこにこしてたら?」
「話しかけやすいです。報告もしやすい」
「師匠は笑顔が人を集めるって言ってた。笑顔の管理職のところには人が寄ってくる。相談も、報告も、ちょっとした雑談も。その全部が情報だ。険しい顔の管理職のところには、誰も来ない。情報が来ない管理職は、目隠しで走ってるのと同じだって」
笑顔は意識してつくる
「でも先輩、疲れてるときに笑えないですよ……。忙しいと顔に出ちゃいます」
「当たり前だ。だから意識してつくるんだよ。師匠は笑顔は感情じゃない、技術だって言ってた。嬉しいから笑うんじゃなくて、笑うと決めて笑うんだ」
「それって、作り笑いじゃないですか?」
「最初はそれでいいんだ。師匠が面白いこと言ってたんだよ。作り笑いを100回やると、そのうち本物になるって。笑顔でいると、不思議と気分も引っ張られるんだ。逆に、しかめっ面でいると気分も沈む。表情が先で、感情があとからついてくる」
「表情が先……」
「俺も最初は半信半疑だったけどな。でも試してみたら、部下の反応が変わったんだよ。朝、意識して笑顔で挨拶するようにしただけで、部下が話しかけてくる回数が増えた。それだけで仕事が回りやすくなった」
表情を観れば部署がわかる
「師匠がもう一つ言ってたことがあってさ。部下の表情を観れば、部署の状態がわかるって」
「あ、それ前に聞きました。部下を観る話のときに」
「そう。で、逆もあるんだ。管理職の表情を観れば、部署の状態がわかる。師匠は両方言ってたんだよ。部下の顔を観ろ、そして自分の顔を観ろって」
先輩が廊下の窓ガラスに映る自分の顔を指さした。
「お前の部署が重い原因は、お前の顔だ。お前が忙しくて余裕がなくて、その顔で毎日座ってたら、部下は萎縮する。萎縮した部下は最低限のことしかしなくなる。雑談もなくなるし、挨拶も元気がなくなる。全部つながってるんだ」
「全部、自分の顔から……」
「管理職の影響力ってのは、お前が思ってるより大きいんだよ。お前が笑えば部署が明るくなる。お前がしかめっ面なら部署が暗くなる。管理職の顔は部署の天気だ。曇りの日が続いたら、みんな洗濯物を干さなくなるだろ」
明日の朝から
「先輩、正直に聞いていいですか。笑顔だけで本当に変わりますかね……」
「笑顔だけで全部は変わらない。でも入口は変わる。師匠は笑顔は管理職のインフラだって言ってた。インフラが整ってなきゃ、どんな施策もうまくいかない。逆にインフラさえあれば、他の施策が乗りやすくなる」
「インフラ……」
「お前がこれまでやってきたこと——部下を観る、叱り方を変える、評価を見直す——全部、部下が話しかけられる空気があって初めて機能するんだ。その空気を作るのが、管理職の笑顔だよ」
先輩はエレベーターに乗り込みながら、最後にこう言った。
「まず明日の朝。出社したら、鏡で自分の顔を確認しろ。で、口角を上げてからフロアに入れ。それだけでいい。1週間続けてみろ。チームの空気が変わるから」
翌朝、トイレの鏡の前に立った。口角を上げた。ぎこちない笑顔だった。でもそのままフロアに入って「おはよう」と言ったら、部下の1人が「あ、おはようございます」といつもより少し大きな声で返してきた。
小さな変化。でも確かに、何かが動いた。