第10話: 中長期の眼を持つ——目先に奪われない
目先の仕事に奪われず中長期の眼を持つ。今日の収穫と来年の種まきは同時にやる
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隣のチームに人を貸した。1週間だけの約束だった。正直、こっちはきつかった。でも貸した部下が戻ってきたとき、その部下が言った。「隣のチーム、うちとは全然やり方が違って勉強になりました」。予想していなかった副産物だった。
部下が成長して帰ってきた。数字の上ではマイナスだったかもしれない。でもチームとしては、確実にプラスだった。
そんなことを考えていたとき、上司に呼ばれた。
「来期の育成計画を出してほしい」
育成計画。言葉は知っている。でも何を書けばいいのか、まるでわからなかった。
週末、先輩と近所の公園のベンチに座っていた。先輩の子どもがブランコで遊んでいる。
「先輩、育成計画って何を書けばいいんですかね……」
「お前の部下、3人いるよな。3年後にどうなっていてほしい?」
「3年後……。考えたことないです」
「だろうな」
目先の仕事に奪われる
「師匠に、育成計画の相談をしたことがあるんだよ。そしたらいきなりお前、来月のことしか考えてないだろって言われた」
「来月の……ですか?」
「そう。当時の俺はさ、毎月の目標を達成することで頭がいっぱいだったんだ。今月の数字、来月の案件。部下にも『今月これやれ、来月あれやれ』としか言ってなかった。師匠はそれを見て目先に奪われてるって言ったんだよ」
「でも、目の前の仕事を回さなきゃいけないのは事実ですよね……」
「もちろんだ。でも師匠はこう言ってた。目の前の仕事を回すのはプレーヤーの仕事だ。管理職は、半年先、1年先、3年先を見る仕事があるって。両方やらなきゃいけない。でも中長期の眼がないと、毎月同じことの繰り返しで終わるんだ」
先輩の子どもが「パパ見て!」と叫んだ。先輩が片手を挙げて応えた。
人を造るのに10年
「3年先って言われても、正直ピンと来ないんです。自分のことすら3年後どうなってるかわからないのに、部下の3年後なんて……」
「わからなくていいんだよ。正解を出せって言ってるんじゃない。考えろって言ってるんだ。師匠の口癖でさ、人を造るのに10年以上かかるってのがあったんだけど」
「10年……」
「今のお前の部下が、10年後にどんな仕事をしてるか。リーダーになってるか、専門家になってるか、独立してるか。そこまでは管理職が決めることじゃない。でも最初の方向づけは今のお前がやるんだ。お前が今どういう仕事を任せるかで、3年後の部下の形が変わる」
「方向づけ……」
「たとえばさ。ルーティンワークだけ任せてたら、3年後もルーティンしかできない部下になる。少し背伸びする仕事を混ぜれば、3年後には自分で判断できる部下になる。今の仕事の割り振りが、部下の未来を作ってるんだよ。それを意識してるかどうかだ」
短期と中長期を両方持つ
「でも先輩、背伸びさせたら目の前の仕事が回らなくなりませんか? ただでさえギリギリなのに……」
「それ、一番最初に俺に相談してきたとき、同じこと言ってなかったか?」
笑ってしまった。確かに、最初に先輩に相談したときも「時間がない」と言っていた。
「師匠がよく使ってた表現で、今日の収穫と来年の種まきは同時にやれってのがあるんだ。収穫だけしてたら畑は枯れる。種まきだけしてたら今日食えない。両方やるのが管理職だ」
「両方……」
「具体的には、仕事の8割は目の前の案件を回すために使え。残りの2割で、部下を育てるための仕事を入れろ。2割でいい。全部を育成に使う必要はない。でも0だと、3年後に何も変わってない」
「8対2……」
「割合は目安だ。大事なのは、毎月の仕事の中に、将来のための種を1つ入れるってことだよ。新しい仕事を1つ任せてみるとか、他部署との窓口を部下にやらせてみるとか。小さくていい」
育成計画の正体
「先輩、話を戻していいですか。育成計画って、結局何を書けばいいんですか?」
「師匠に聞いたら、難しく考えるなって言われたよ。育成計画ってのは、この部下に1年後どうなっていてほしいか。そのために今年何を経験させるか。それだけだって」
「それだけ……」
「たとえば。報連相がマメな部下には、自分で判断する経験を積ませたい。だから小さい案件のリーダーを任せる。口数の少ない部下には、人前で話す場を増やしたい。だからチーム内の勉強会で発表させる。中身は部下によって全部違う。でもフォーマットは同じだ。なってほしい姿 → 今年やること。これだけ」
先輩の子どもが走ってきて、先輩の膝に飛び乗った。先輩が「おっ、重くなったな」と笑って受け止めた。
「子育てと一緒だよ。この子が10年後にどうなるかなんてわからない。でも今、何を見せて、何を経験させるかは親が考える。部下も同じだ。答えは出ない。でも考え続けることが中長期の眼を持つってことだ」
日曜の公園は穏やかだった。
月曜の朝、3人の部下の顔を思い浮かべながら、白紙の育成計画に向き合った。1年後、この人たちにどうなっていてほしいか。初めて、本気で考えた。