第9話: 会社全体を見る——部門最適と全体最適の話
自分のチームだけを最適にする部門最適の罠。全体が沈んだら部門も沈む
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チームの数字を調べてみた。人件費、外注費、消耗品。経理に頼んで過去3ヶ月分のデータを出してもらった。初めて見る数字ばかりだったけれど、先輩の言った通り、並べてみると流れが見えた。先月だけ外注費が跳ねている。調べたら、チーム内で処理しきれなかった案件を外に出していた。つまり、自分たちのキャパシティの限界が数字に出ていたのだ。
数字で見ると、感情抜きに現実がわかる。これが経営感覚の入口か、と思った。
ところが、数字を意識し始めたことで、別の問題が起きた。
隣のチームから「人を1人貸してほしい」と頼まれた。繁忙期で人手が足りないらしい。こちらもギリギリだ。断った。
翌週、全体の進捗会議で、隣のチームの案件が遅延していると報告があった。うちのチームは順調。でも会議後、上司の表情が曇っていた。
昼休み、先輩と社食で向かい合った。
「先輩、ちょっと聞いてもらえますか……。隣のチームに人を貸さなかったんですけど、それが裏目に出た気がして」
「ほう。で、なんで断ったんだ?」
「うちもギリギリだったし……。自分のチームの数字を崩したくなかったんです。せっかく把握し始めたところだったので」
先輩が味噌汁の椀を置いて、ため息をついた。
「お前、経営感覚を持てって言ったのは覚えてるよな。でもそれは自分のチームの数字を守れって意味じゃないんだよ」
部門最適の罠
「師匠にさ、似たようなことがあったんだよ。俺が自分の部署の数字を改善して、ドヤ顔で報告したことがある。そしたら師匠にお前の部署の数字は良くなったけど、隣の部署が沈んでるの知ってるか? って聞かれて」
「……」
「俺が数字を良くするために、面倒な案件を隣に押し付けてたんだよ。自覚はなかった。でも結果として、自分の部署の利益は上がって、隣の部署の利益は下がった。会社全体で見たらプラスマイナスゼロ。いや、調整コストが増えた分マイナスだ」
「それって……」
「部門最適ってやつだ。自分のチームを最適にしようとして、会社全体では損をしてる。師匠はこれを一番嫌ってた。部門の利益より会社の利益を考えろ、自部門にとって不利益でも全体のためになるなら迷うなって」
全体最適という視点
「でも先輩、自分のチームを犠牲にするのは、チームの部下に対して無責任じゃないですか?」
「犠牲じゃないんだよ。投資なんだ。隣のチームを助けて、そっちの案件が成功したら、次はこっちが困ったときに助けてもらえる。会社全体の数字が上がれば、巡り巡って自分のチームにも返ってくる。師匠は全体が沈んだら部門も沈む、部門だけ浮いてても船は傾くって言ってた」
「船……」
「前回の数字の話を思い出せ。管理職は自分のチームの数字を知らなきゃいけない。でもそれは会社全体の中で自分のチームがどういう役割を果たしているかを知るためだ。自分のチームの数字だけを良くするためじゃない」
先輩が魚の骨を丁寧に取りながら続けた。
「師匠はよく地図の話をしてたんだよ。お前は自分の部署の地図は持ってるか? じゃあ会社全体の地図は持ってるか? って。自分の部署のことしか見えてない管理職は、地図の一区画だけ見て歩いてるのと同じだ。全体が見えてないから、隣とぶつかるんだって」
視野を広げるために
「全体を見ろって言われても、他の部署のことなんてわからないです……」
「最初はわからなくて当然だ。師匠に言われたのは、他の部署の人間と話せってことだった。飯でも飲みでもいい。何をやってるのか、何に困ってるのか、聞くだけでいい」
「それだけですか?」
「それだけだ。でもこれが意外とやらないんだよ。管理職になると自分の部署のことで手一杯で、隣の部署がどうなってるかなんて考えない。でも隣が何をしてるか知ってるだけで、判断の質が変わるんだ」
「あ……隣のチームが繁忙期だったのは知ってたんです。でも自分のチームのことしか考えてなかった」
「知ってたのに動かなかった。それが部門最適の罠だよ。知らなかったなら仕方ない。でも知ってたのに動かなかったのは、視野が狭かったってことだ」
痛かった。確かに、知っていた。隣のチームリーダーが疲れた顔をしていたのも見ていた。でも「うちも大変だから」で目をそらしていた。
次に同じことが起きたら
先輩が食器を片づけながら、最後にこう言った。
「師匠は複数の視点を持てって言ってた。自分の部署から見た景色、隣の部署から見た景色、経営から見た景色。同じ出来事でも、立ち位置が変わると意味が変わる。管理職は最低でも2つの視点で物事を見ろって」
「2つの視点……」
「今回で言えば、自分のチームの視点と会社全体の視点だ。自分のチームからすれば人を貸す余裕はない。でも会社全体からすれば、隣の案件が遅延するほうが損失が大きい。両方の数字を持ってたら、判断が変わっただろ?」
「……変わってたと思います」
「そうだ。だから数字を知れって言ったんだよ。自分のチームの数字だけじゃなく、全体の数字の中での自分の位置を知ること。それが全体最適の第一歩だ」
午後、隣のチームリーダーのところに行った。「先週は断ってすまなかった。今からでも何か手伝えることがあったら言ってくれ」と伝えた。
相手は少し驚いたあと、「実は1件だけ、手が足りなくて……」と話し始めた。