第8話: 経営感覚を持つ——数字で考えるということ
経営感覚を持つとは数字で考えること。自分のチームがいくらかかっていくら生み出しているかを知る
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勘違いの話をされてから、自分の言動に気をつけるようになった。指示を出すときは「こうしよう」ではなく「こうしたらどう思う?」と聞く。部下の提案には、まず最後まで聞いてから自分の考えを伝える。率先垂範——自分が先にやる。それだけを意識した。
そんなある日、四半期の予算会議に初めて出席した。
これまでプレーヤーとして出ていた会議とは景色がまるで違った。部門ごとの売上、コスト、利益率。数字の羅列を前に、他の管理職が次々と発言していく。自分はほとんど何も言えなかった。
会議のあと、自販機の前で先輩に捕まった。
「どうだった、初めての予算会議」
「……正直、何もわからなかったです。数字は見えてるんですけど、それが何を意味してるのかが全然」
「だろうな」
先輩が缶コーヒーを2本買って、1本をこっちに放り投げた。
管理職と数字
「師匠にさ、管理職になって最初に言われたことがあるんだよ。管理職は経営感覚を持ってないとダメだって。正直、最初は何のことだかわからなかった。経営は社長の仕事だろって」
「自分もそう思ってました……。管理職って、チームをまとめるのが仕事ですよね?」
「それも仕事だ。でもそれだけじゃない。師匠はこう言ってた。お前のチームが毎月いくらかかってて、いくら生み出してるか、言えるか? って」
「……言えないです」
「俺も言えなかった。で、師匠にこう返された。それはお前のチームの存在意義を知らないのと同じだって」
缶コーヒーのプルタブを開ける音がやけに大きく聞こえた。
収支感覚
「経営感覚って言うと大げさに聞こえるけど、師匠が言ってたのはシンプルな話なんだよ。最大の売上に最小のコスト。商売の基本はこれだけだって」
「最大の売上に最小のコスト……」
「お前のチームが3人で、全員の人件費を月額で計算したことあるか? 社会保険料や福利厚生も含めて」
「ないです」
「そこからだよ。チームの維持に毎月いくらかかるか。そのチームが生み出す売上はいくらか。差し引きでプラスになってるのか。この感覚を持ってるかどうかで、判断の質が全然変わるんだ」
「判断の質?」
「たとえば、新しいツールを導入したいとする。月額5万円。これを上に通すとき、便利だからで通そうとする奴と、これを入れると月20時間の作業が減る、時給換算で○万円のコスト削減になるで通す奴、どっちが通ると思う?」
「……後者ですよね」
「そういうことだ。師匠は数字で考えられない管理職は、感覚で経営してるのと同じだって言ってた。感覚が当たることもあるけど、外れたときに検証できない」
本末転倒
「でも先輩、数字ばっかり追いかけたら、人を見なくなりませんか? ここまで学んできたことと矛盾する気がして……」
先輩がにやっと笑った。
「いい質問だ。師匠もそこは強調してた。数字は目的じゃなくて道具だって。数字を追いかけて人を潰すのは本末転倒だと」
「本末転倒……」
「コスト削減が目的になって、部下を追い詰める。売上目標が目的になって、無理な営業をさせる。数字は現実を正しく見るためのレンズであって、人を殴る棒じゃないんだ」
先輩が缶コーヒーを飲み干して、自販機にもたれかかった。
「師匠が面白い言い方してたんだよ。数字がわからない管理職は舵のない船だ。でも数字しかわからない管理職は、人の乗っていない船だって。両方ないとダメなんだよ」
まず自分のチームの数字を知れ
「じゃあ、何から始めればいいですかね……。いきなり経営感覚って言われても」
「師匠に言われたのは、まず自分の部署の数字を全部把握しろってことだった。売上、コスト、人件費、外注費。月単位でいい。それを3ヶ月分並べてみろ。流れが見えるって」
「3ヶ月分……」
「あとさ、競争原理って言葉も師匠はよく使ってた。お前のチームの仕事を外注したらいくらかかるか。それよりチームのほうが安くて質が高いなら、そのチームには存在価値がある。逆にそうじゃないなら、なぜ内製してるのかを考えなきゃいけない」
「そこまで考えるんですか……」
「管理職はそこまで考えるんだよ。プレーヤーは自分の仕事をやればいい。でも管理職は自分のチームがなぜ存在するのかを説明できなきゃいけない。それが経営感覚だ」
廊下の向こうから同僚が歩いてきて、先輩は軽く手を挙げた。
「まあ、いきなり全部は無理だ。今月やることは1つ。自分のチームに毎月いくらかかっているか、それだけ調べてみろ。それを知るだけで、明日からの判断が変わるから」
自販機の前を離れて、自分のデスクに戻った。
今まで一度も開いたことのない経理システムにログインしてみた。