第7話: 管理職は勘違いしない——率先垂範に決まってるでしょ
管理職に抜擢されて勘違いする危険。率先垂範——偉いから人が動くのではなく、先にやるから人が動く
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評価の話を聞いてから、自分の「眼」を疑うようになった。苦手な部下に意識して声をかけるようにした。最初はぎこちなかったけれど、1週間もすると相手の反応が少しずつ変わってきた。口数の少ない部下が、自分から「ちょっと相談いいですか」と来るようになった。
小さな変化だけど、嬉しかった。
——嬉しかったのだが、その「嬉しさ」が、次の落とし穴だった。
月末の部門会議で、上司に報告した。チームの改善点、部下との関わり方を変えた成果、今後の方針。自分なりに手応えのある報告ができた。上司にも「いい動きだね」と言ってもらえた。
会議のあと、気分が良かった。少しだけ「管理職らしくなってきたかも」と思った。
その日の夜、先輩からLINEが来た。「今日ちょっと時間ある?」。近所の立ち飲み屋で合流した。
「先輩、今日呼び出しですか? 珍しいですね」
「おう。お前の上司と今日たまたま話す機会があってさ」
「え、うちの上司と?」
「まあ、そんな驚くな。同期なんだよ、あの人。で、お前の話になった」
少し緊張した。
「上司は褒めてたよ。最近良くなったって。ただ——」
先輩がハイボールをひと口飲んで、こっちを見た。
「ちょっと調子に乗ってないかって言ってた」
抜擢の勘違い
「調子に……乗ってますか?」
「お前の自覚はないだろうな。でもさ、管理職になって最初の壁を越えたあとって、一番危ないんだよ。師匠が管理職に抜擢されて勘違いする奴が一番手に負えないって言ってた」
「勘違い……」
「管理職になるってのは、お前が偉くなったんじゃなくて、お前の責任が重くなっただけだ。でも人間ってのは不思議でさ、成果が出始めると、それを自分の力だと思い始める」
思い当たることがあった。最近、部下に指示を出すときの口調が、少し断定的になっていた気がする。「こうしたほうがいいんじゃない?」が「こうしよう」に変わっていた。部下の提案に対して、前より早く自分の意見を被せるようになっていた。
「お前が変わったのは事実だ。でもそれはお前が偉くなったからじゃなくて、お前がやり方を変えたからだ。そこを履き違えると、一気に元に戻るぞ」
率先垂範
「じゃあ、管理職って結局何なんですか? 偉くなったわけでもない、ただ責任が重くなっただけ……。だとしたら、何を頼りにすればいいんですかね」
「師匠に同じことを聞いたらさ、呆れた顔で言われたよ。率先垂範に決まってるだろって」
「率先垂範……」
「自分が先にやる、ってことだ。山本五十六の言葉、知ってるか? やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。師匠はこれが大好きでさ、事あるごとに引用してた」
「聞いたことはあります。でも正直、古い言葉だなって……」
「続きがあるんだよ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
「そんな続きがあったんですか……」
「この続きは山本五十六の言葉かどうか、実ははっきりしない。後世の創作かもしれない。でも師匠は誰が言ったかより、何を言っているかが大事だって言ってた。やってみせる。任せる。信頼する。この三段階が全部入ってるんだ」
「古いけど、真理ですね……」
「師匠は管理職がまず自分でやってみせないと、部下は絶対について来ないって言ってた。口だけの上司と、背中を見せる上司、お前ならどっちについていく?」
「……背中を見せる上司です」
「だろ。お前が最近良くなったのは、部下の話を聞くようになったとか、観るようになったとか、叱り方を変えたとか、全部お前が自分で先にやったからだ。それが率先垂範なんだよ。偉いから人が動くんじゃない。先にやるから人が動くんだ」
管理職1年目の自覚
「先輩はいつ勘違いに気づいたんですか?」
「管理職になって1年くらいかな。それまで俺は、管理職ってのは部下を動かすポジションだと思ってたんだ。でも師匠にお前はまだ管理職じゃない、肩書きが管理職なだけだって言われてさ」
先輩が立ち飲みのカウンターに肘をついた。
「師匠が言うには、就任1年で管理職の自覚がやっと芽生えると。最初の1年は誰でも勘違いする。大事なのは、その勘違いに気づいたあとどうするかだって。気づいて修正できる奴は伸びる。気づかないまま突き進む奴は、部下が離れていく」
「1年かかるんですか……」
「お前はまだ数ヶ月だろ。でも、もう気づき始めてる。気づきの早さは、これまでの話で散々やったよな。早く気づいたもん勝ちだ」
背中で語れ
立ち飲み屋を出て、駅に向かって歩いた。先輩が夜空を見上げながらぼそっと言った。
「師匠ってさ、偉そうなことを一切言わない人だったんだよ。でも誰より早く出社して、誰より丁寧に挨拶して、困った奴がいたら黙って隣に座って手を動かしてた。言葉じゃなくて、全部行動で見せてた。だから俺たちはついていった」
「……」
「お前が今日の会議でいい報告をしたのは事実だ。でもそれは、お前が変わったことの結果であって、お前が偉いことの証明じゃない。そこを間違えなければ大丈夫だ」
先輩と別れて、一人で歩いた。
管理職らしくなってきたかも——そう思った瞬間、もう勘違いは始まっていたのだ。
成果は自分の力じゃない。やり方を変えただけだ。そしてやり方を変え続けなければ、すぐに元に戻る。
明日も、自分から先にやろう。