第5話: 叱ると怒るの違い——叱ったあと、笑顔になれるか
叱ると怒るの違いは、相手のためか自分のためか。叱ったあと笑顔になれるかが境界線
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部下を「観る」ことを意識し始めて2週間。毎朝、3人の顔を見るようにした。挨拶のときの声のトーン、姿勢、ちょっとした表情の変化。まだうまく読めないけれど、少なくとも「観よう」としている自分がいる。
ところが、観えるようになると、別のことも観えてくる。
部下の1人が、同じミスを繰り返していた。
先週も同じ確認漏れがあった。そのときは「次から気をつけてね」と伝えた。でも今週また同じことが起きた。取引先に迷惑をかけるところだった。
正直、腹が立った。
その日の夕方、退勤途中に先輩と駅のホームで一緒になった。
「先輩、今日ちょっとやらかしちゃって……」
「お前が?」
「いえ、部下が。同じミスを2回やって。先週注意したのに。で、つい強めに言っちゃったんです。『なんで同じことを繰り返すの? 先週も言ったよね?』って」
「部下、どんな顔してた?」
「……黙ってました。下向いて」
「で、お前はそのあとどうした?」
「そのまま……です。言いすぎたかなって思ったけど、でも間違ったことは言ってないし」
先輩が電車の時刻表を見上げながら、静かに言った。
「それ、叱ったんじゃなくて怒ったんだよ」
叱ると怒るの境界線
「え、怒ってないですよ。声を荒らげたわけでもないし、冷静に言ったつもりです」
「声のトーンの話じゃないんだ。師匠がよく言ってたのは、叱ると怒るの違いは、相手のためか自分のためかだって」
「自分のため……?」
「お前が『なんで同じことを繰り返すの?』って言ったとき、頭の中にあったのは何だ? 部下の成長か? それとも、また同じミスをされた苛立ちか?」
言葉に詰まった。正直に思い返すと、頭にあったのは「なんでわかってくれないんだ」という苛立ちだった。
「叱るってのは、相手にどうなってほしいかが先にある。怒るってのは、自分の感情が先にある。内容が正しいかどうかは関係ないんだ。正しいことを言っていても、感情が先に立ってたら、それは怒ってるんだよ」
叱る目的
「じゃあ、どうすればよかったんですか? 同じミスを繰り返してるのは事実ですよね……」
「もちろん事実だ。で、叱る目的は何だ?」
「えっと……同じミスを繰り返さないように……」
「そうだ。師匠は叱る目的は、同じミスを2度と起こさないようにすることだって言ってた。そのためには何が必要だ?」
「原因を一緒に考える、とか……」
「そう。なんで繰り返すの? は詰問だ。相手は黙るしかない。でも何があったら防げたと思う? は質問だ。相手が考える余地がある。言葉は似てるけど、方向が全然違うんだよ」
ホームに電車が入ってきた。先輩は少し待って、人の波が過ぎてから続けた。
「師匠が面白い言い方をしてたんだよ。叱るとは、その行為が終わった瞬間に笑顔になれるかだって。叱ったあとに相手の肩を叩いて『頼むぞ』って笑えるか。もし笑えないなら、それは叱ったんじゃなくて怒っただけだって」
正しさの罠
「でも先輩、間違ったことは言ってないですよね? 同じミスを繰り返すのは問題だし、それを指摘するのは管理職の仕事じゃないですか」
「そこが罠なんだよ。正しいことを言ってるから自分は間違ってない——これ、前に話した自己防衛と同じ構造だぞ」
ドキッとした。
「内容が正しいかどうかと、伝え方が適切かどうかは別なんだ。師匠は正論で人は動かないって言ってた。正論で動くなら管理職はいらないんだよ。正しいことを、相手が受け取れる形で伝えるのが管理職の仕事だって」
「受け取れる形……」
「たとえばさ。お前がミスをしたとき、上司に『なんで?』って聞かれるのと、『何があった?』って聞かれるの、どっちが話しやすい?」
「……『何があった?』のほうが、状況を説明しやすいです」
「だろ。なんでは責めてる。何があったは聞いてる。一文字変えるだけで、相手の反応が全然違うんだよ」
明日のためにできること
電車に乗って、並んで座った。先輩が窓の外を見ながら言った。
「俺もさ、師匠に教わるまで何年も怒ってたよ。部下のためだと思ってた。でも振り返ると全部、自分の苛立ちをぶつけてただけだった。師匠にお前のそれは叱ってるんじゃない、気を晴らしてるだけだって言われて、返す言葉がなかった」
「先輩でもそうだったんですか」
「当然だ。で、師匠に言われたのは、怒りそうになったら一拍おけって。6秒でいいから黙れと。感情のピークは6秒で過ぎる。その6秒を越えてから口を開けば、だいたい叱るほうに持っていけるって」
「6秒……」
「あと、もう一つ。叱ったあとは必ずフォローしろって。翌日でもいいから、声をかけろと。叱りっぱなしは最悪だ。相手はずっと引きずる。叱る→フォローがセットだって」
先輩が自分の駅で立ち上がりながら、振り返った。
「明日、その部下に声かけろ。昨日は言い方がきつかったな、すまん、って。それだけでいい。それができたら、次から叱り方が変わるから」
電車のドアが閉まった。
明日の朝、最初にやることは決まった。