【第7回】「あの動画どこだっけ」から始まった——Obsidian で知識が育つまで
動画メモから始まり、整理・検索・記録・比較・実験へ。7回のシリーズを振り返り、保存から理解への道のりをまとめる
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「あの唐揚げの動画、どこだっけ」
第1回でそう書いたのを覚えているでしょうか。YouTube の履歴をスクロールして、似たような動画がずらりと並ぶ中をさまよって、結局見つからなかった。その小さな不満が、このシリーズの出発点でした。
あれから6回、Obsidian の話を続けてきました。動画メモから始まって、YAML でデータを付けて、タイムスタンプで時間を刻んで、比較ノートで原理を引き出して、PDF や読書にも広げて、自分の試行錯誤まで記録するようになった。
振り返ると、ずいぶん遠くまで来たように感じます。最終回の今回は、その旅路をひとつの話として語り直してみます。
1本のノートから始まった6つの変化
今になって整理してみると、このシリーズでやってきたことには、6つの段階があります。
保存。まず動画をノートにしました。URL とチャンネル名と、ひと言メモ。それだけです。これで「どこだっけ」が消えました。シンプルなことが、すぐに効いた。
整理。ノートが10本、20本と増えてきたら、フォルダで分けました。料理ならジャンル別、IT ならチャンネル別。自分がどうアクセスしたいかを考えながら仕切り直す作業は、そのまま「この情報を将来どう使いたいか」を考える作業でもありました。
検索。フォルダで分けただけでは、横断して絞り込むことができません。「作ったことがある」「評価が4以上」という条件で、複数のフォルダをまたいで一覧を作りたくなった。そこで YAML とDataview を使うようになりました。ノートの先頭に rating: 4 と書き足して、条件に合うノートを自動で集める。管理するノートが100本を超えたとき、この仕組みがないと確実に破綻していたと思います。
記録。ノートの中身が薄いと感じ始めたのは、使い続けてしばらく経ってからです。埋め込みリンクとひと言メモだけでは、「あの場面がどこだったか」を確認するたびに動画を最初から再生し直すことになる。そこでタイムスタンプ付きのメモを取るようになりました。「5:10 二度揚げのコツ」という形で、見た場面と時間を結びつける。PDF でも同じことをして「p.42 水溶性ビタミンの特徴」という形でページ番号と一緒に残しました。目当ての場面に一瞬で戻れる、という体験は、ノートを開く回数を変えました。
比較。唐揚げの動画ノートが5本たまったとき、ふと並べてみることにしました。5本を横に並べると、1本だけ見ていたときには見えなかったことが浮かんできます。「5本全員が二度揚げを推奨している」——「この人のやり方」が「唐揚げの原理」に変わった瞬間がありました。1回ではわからない。並べると見えてくる。この感覚は、動画だけでなく、本や PDF を扱うときにも同じように起きました。
実験。最後の変化は、見る側から試す側への移行でした。動画を見て、本を読んで、情報は増えていく。でもそれは「受け取る」だけです。ご飯を炊くたびに浸水時間と水量を記録して、Dataview で一覧にしてみた。10回分が並んだとき、「浸水が長いほうが好みだ」という傾向が見えてきました。Obsidian の中に、小さな実験場ができていました。
計画して積み上げたわけではなかった
正直に言うと、最初からこの6段階を設計していたわけではありません。
第1回の時点では、「ノートを1つ作れば見つかるはずだ」という、それだけのことしか考えていませんでした。2段階も3段階も先のことは、まったく見えていませんでした。
YAML を使い始めたのは、フォルダで分けただけでは不満が出てきたからです。タイムスタンプを使い始めたのは、ノートの中身が薄いと感じたからです。比較ノートを作ったのは、似たテーマのノートがたまたま5本揃っていたからです。その段階、その段階で「もう少しこうできたら」と思ったことが、次の一手になっていきました。
計画して積み上げたというより、使い続けていたら形ができていた——というのが正確なところです。
振り返ったから「6段階」と整理できますが、前の段階から次の段階へは、いつも少し不便を感じてから動いていました。不便が先で、解決が後。その繰り返しでした。
本当に伝えたかったのはツールの話ではなかった
6回にわたって Obsidian の話をしてきましたが、ここで少し立ち止まって言っておきたいことがあります。
本当に伝えたかったのは、ツールのことではありません。
保存して、整理して、検索できるようにして、細かく記録して、並べて比較して、自分で試してみる——この考え方の流れが、私にとっての発見でした。
この流れは、Obsidian でなくてもできます。別のノートアプリでも、紙のノートでも、やろうとしていることの構造は変わりません。でも Obsidian は、この流れを自然に支えてくれるツールでした。動画も PDF も読書も、同じ場所に同じ構造で置けることが、積み重ねを崩さずに続けられた理由だったと思います。
前の段階でやったことが、次の段階でそのまま使える。YAML でノートに情報を足すやり方は、料理の動画ノートでも、本の章ノートでも、炊飯の実験ノートでも、同じでした。ひとつのやり方を覚えると、次に新しいことをやるときのハードルが下がる。それが続けられた理由だったんだと、今になってわかります。
ツールは手段です。目的は、自分の知識を育てることです。
まず1本だけでいい
大げさに始める必要はありません。
まず1本、動画ノートを作ってみてください。チャンネル名と見た日と、ひと言メモ。それだけで十分です。
「あの動画どこだっけ」が1つ解決します。それだけで、十分な出発点です。
続けていくうちに、次にやりたいことが自然に出てきます。フォルダで分けたくなるかもしれないし、YAML を試したくなるかもしれない。あるいは、ノートをひとつ眺めるだけでしばらく満足かもしれません。それでもいいんです。
私がそうだったように——あなたにも、自分だけの流れが、気がつけば育っていると思います。