Yyatmita

【第16回】ブッダイズム。全4話を終えて——ストーリーマンガの限界と次の実験

YRGR の師匠のパンチラインに助けられた前作と違い、ブッダイズム。は構成力が試された。逆算で書いた3話のゴツゴツ感、ご都合展開の反省、そして次回作「AI にギャグは書けるのか」への展望

AIマンガ制作ワークフロー#ai-manga#buddhaism#postmortem#storytelling
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ブッダイズム。が終わった

ブッダイズム。全4話が完結した。

第1話「人生はクソだが攻略法はある」から第4話「色即是空・・・空即是色!」まで。2500年前の哲学を現代の悩み相談として描く——コンセプトだけ聞くと重いが、やりきった。

YRGR 全7話に続く2作目のAIマンガ。前作とはまったく違う難しさがあった。ここに書くのは、技術の話ではなく「話作り」の振り返りだ。


YRGR には師匠がいた

振り返ると、YRGR は恵まれていた。

師匠キャラのパンチラインが強い。「なんで?」は詰問、「何があった?」は質問——こういう一撃で刺さるセリフが原作にゴロゴロ転がっていた。極端に言えば、原作が薄くてもパンチラインさえ立てばマンガになる。

師匠がいて、新米マネージャーがいて、「教える→気づく」の型が毎話繰り返される。構造がシンプルだからこそ、16ページの中で起承転結が自然に収まった。

ブッダイズム。にはその杖がない。


2話でラストが決まった

ブッダイズム。のストーリーは、第2話を書いている途中でラストの構想が固まった。

第1話で「人生はクソだ」と突きつけて、第2話で中道を教えて、最終話で色即是空に到達する。そこまで見えた時点で、第3話は「その間を埋める話」になった。

逆算で書いた。ラストから逆向きに、第3話で何を描けば第4話が活きるかを考えた。

結果、第3話はゴツゴツした話になった。

16ページの中に、五蘊の解説、自己啓発セミナーの洗脳構造の分析、デーヴァダッタの過去回想、ワタシの感情爆発と和解——全部詰め込んだ。どれも最終話に繋げるために必要なピースだったが、1話に押し込むには多すぎた。


ご都合展開という病

第3話の問題は明確だ。

ワタシが「それって強者の理屈じゃん——王子様だったシャカさんの」と突然キレる。テーマ的には正しい問いだし、特権への批判としてこの話に必要なシーンだ。でも、そこに至るまでの感情の積み上げが足りない。読者は「なぜ今ここで?」と感じたと思う。

一方で、シャカが「おまえの言う通りだ」と返した後、ワタシが赤面して髪をいじりながら「完璧じゃないんだね」「ごめんね」としおらしくなるシーン。感情の振れ幅が大きすぎて、ご都合的に見えるリスクはある。ただ、あのメロい描写がないと第4話の別れが効かない。シャカに心を許した——依存し始めた——という感情を3話で見せておかないと、4話で「消えるのかな」と怯えるワタシの五蘊盛苦が成立しない。構成上は必要な描写だった。問題は、そこに至る感情の階段が足りなかったことだ。怒り→軟化→依存の流れ自体は正しい。ただ16ページの中で五蘊の解説もセミナー批判もデーヴァダッタもやりながら、その感情変化まで丁寧に描く余裕がなかった。3話が駆け足なのはすべてここに集約される。

逆算で「ここに到達しなければいけない」が先にあると、キャラクターが物語に引きずられる。「なぜこの人はここで泣くのか」ではなく「ここで泣かないと次の話に繋がらない」で書いてしまう。

これはAIの問題ではなく、構成の問題だ。AIに書かせても人間が書いても、逆算の罠は同じように発生する。ただ、AIはご都合展開に対するブレーキが弱い。「ここで感動させましょう」と言えば素直に感動シーンを書いてくる。止めるのは人間の仕事だが、16ページの制約の中でそこまで目が回らなかった。

次はもう少し自然な展開を作りたい。キャラクターが自分の意思で動いた結果として物語が進む——当たり前のことだが、短いページ数でそれをやるのは思った以上に難しい。


色即是空を戻した話

第4話のラストには「色即是空・・・空即是色」を入れた。入れたというか、戻した。

元のストーリーにはあった。ブッダイズム。の最終話なのだから、仏教の核心に触れて終わりたい。そう思って書いた。

ところが脚本化の段階でAIに削られた。

理由は「わかりにくい」。一般読者にとって色即是空は馴染みのない概念で、最終話のクライマックスでいきなり出てきても消化できない。読者の感情の着地を優先するなら、もっと平易な言葉で締めた方がいい——AIの判断としては筋が通っている。

でも戻した。人間の判断で。

ブッダイズム。というドメインを作った以上、最後に「色即是空」を避けて何を描くのか。わかりやすさを取って仏教色を薄めたら、このマンガを作った意味がぼやける。テーゼの根幹だ。

結果的に、第4話のラストは気に入っている。五蘊盛苦と空が「同じことを言っている」とワタシが自力で気づき、「怖い」の裏側が「自由」だと反転する。そして色即是空にたどり着いたワタシが、空即是色——「消えたことも固定じゃない」と気づいてシャカが戻ってくる。ここの構成は、逆算で作ったにしては自然に流れた。

ただ、AIの判断も間違いではなかった。「色即是空」を知らない読者にとって、最終ページで初めて出てくる四字熟語はハードルが高い。もっと平易な言葉で感情の着地を作った方が、届く範囲は広かったかもしれない。

第7回で「テーゼは人間のもの」と書いた。まさにそれが試された場面だったと思う。AIは読者目線で正しい判断をした。人間は作者目線で別の判断をした。どちらが正解かは、たぶん永遠にわからない。


AI マンガ制作の正直な話

メリットは明確だ。最速で形になる。

ネーム会議から画像生成まで、ほとんど人間は関与していない。AIが描き、AIがレビューし、AIが選ぶ。人間がやるのは「これは違う」という判断と、演出意図の確認だ。

構図を変えたり、コマ割りを調整したり、セリフのニュアンスを直したり。この作業はまあまあ楽しい。「監督」に近い感覚がある。

ただ、16ページは疲れる。

1話仕上げるのに3〜4時間。細かい矛盾——キャラの位置が前のコマと逆になっている、背景の時間帯がおかしい、セリフの主語が入れ替わっている——を潰していくと、もっとかかる。AIは「全体として整合性を保つ」のが苦手だ。ページをまたぐと文脈を忘れる。だからこの矛盾潰しは人間の仕事で、いまのところ自動化できていない。

4話×16ページ。計64ページ分この作業をやった。達成感はある。でも「楽しかったからもう1クール」とはならない重さがある。

ただ、ひとつ感謝を書いておきたい。

ワタシ(主人公)が、キーシーンでとてもいい表情を出してくれた。構成のゴツゴツ感やご都合展開を指摘したばかりだが、それでもマンガとして持ちこたえたのは、あの表情のおかげだと思っている。セリフが足りなくても、展開が急でも、1コマの表情が感情を補完してくれる。これはマンガというメディアの強さであり、AIの画像生成が思わぬところで助けてくれた瞬間だった。


次の実験——AI にギャグは書けるのか

第7回で「テーゼは人間のもの」と書いた。伝えたいこと(テーゼ)は人間が持ち、伝える技法(レトリック)はAIに任せる。それがAIマンガの分業だと。

次はその前提を崩してみたい。

次回作は日常系4コマを考えている。ストーリーマンガではなく、1話4コマ完結。手動でAIと軽く作る。

狙いは「AIのギャグがどこまで通用するか」の検証だ。

ストーリーなら人間のテーゼが核になる。でもギャグは違う。オチの切れ味、ボケとツッコミのテンポ、予想を裏切る展開——これらは「伝えたいこと」ではなく「面白いかどうか」で判定される。テーゼではなくセンスの領域だ。

AIにセンスはあるのか。

正直、わからない。だから試す。ブッダイズム。の16ページで疲弊した反動で、次は軽くいきたいという気持ちもある。4コマなら1本15分で回せる。打率が低くても数で勝負できる。

ストーリーマンガで学んだ「構成のゴツゴツ感」を避けるには、そもそも構成を最小化すればいい。4コマは起承転結が4つのコマに収まる。逆算の罠にハマる余地がない。

具体的には「やってみた料理部」の4コマを量産体制で回す予定だ。ネタは全部AI主導。yatmita のお料理ドメイン(スムージー、たんぱくスープ、たんぱくパスタ)から6割、日常系を4割という配分で指定している。元ネタになるコンテンツページは100ページ以上あるので、ネタ切れの心配はないとAIも言っている。

ワークフローも変える。夜に生成をかけて、朝に最小限の修正だけ入れる。ストーリーマンガで1話3〜4時間かけていたのを、4コマなら朝の15分で1本。そのくらいの軽さで回したい。

——とか言いつつ、たぶんまた別の壁にぶつかるんだろう。それを書くのが次の記事だ。


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