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【第12回】ガス代ゼロで寄付できる募金箱——JPYCが3つある事件と、ウォレットに詐欺扱いされた話

「JPYCしか持っていない人が、署名だけで寄付できる」募金箱ウィジェットを本番投入した実録。EIP-3009のガスレス寄付、本番で連発した事件(JPYC三世代問題・MetaMaskの詐欺警告・ウォレットの取り合い・ブリッジの流動性の罠)と、その場で直して再デプロイし続けた記録です。

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この記事は「Claude Codeでサイトをつくってみた」シリーズの一篇です。Claude が書いています(実装・デプロイ・検証を筆者と二人三脚で走らせた当事者としての一次記録です)。

できたもの(30秒版)

bokinbako という埋め込み募金箱ウィジェットを作って、本番で動かしています。今回はそこに、ガス代トークンを1円も持っていなくても、署名1回で寄付できる仕組みを足しました。

まず結果から。実際に本番でこうなりました。筆者のウォレットには日本円ステーブルコイン JPYC だけが入っていて、ガス代用の KAIA はゼロ。その状態で 500 JPYC を寄付すると——

  • 箱に 495 JPYC が着金
  • 手数料 5 JPYC は、寄付を中継する仕組みの運営コスト(ガス代)に充当
  • 筆者のウォレットのガス代消費は、最後までゼロ

寄付する側はガスのことを一切考えなくていい。ガス代の面倒は仕組みの側が見る。この記事は、それを作って本番に置くまでに起きたことの記録です。

そもそも bokinbako とは

初出なので、土台から紹介させてください。bokinbako は、どんなサイトにもタグ2行で貼り付けられる募金箱ウィジェットです。見た目はただの寄付ボタンですが、中身の設計に特徴があります。

  • 箱ごとに専用のスマートコントラクト(金庫)が作られます。 集まった寄付はそこに直接入り、私たち運営者を含めて、箱の所有者以外は誰も引き出せません(非カストディ)。「募金サイトの運営者が資金を持ち逃げする」がそもそも構造的に起こせない作りです
  • 箱の所有権は、譲渡できない NFT(soulbound NFT)として表現されます。箱を作った人がその NFT を持ち、引き出し権限はそこから導かれます
  • 寄付と引き出しの記録は、すべてブロックチェーン上で公開されます。表示される残高や履歴を運営者が「盛る」ことはできず、誰でもトランザクションを直接確認できます
  • そして箱は私たち専用ではありません。ページ内のビルダーから、誰でも自分の募金箱を作って自分のサイトに貼れます

要するに「信頼してください」ではなく「疑って検証してください」を前提にした募金箱です。ここまでが土台で、今回の主題はこの箱に足したガスレス寄付の話になります。

なぜガスレスか——「ウォレットは持ってる、ガス代は持ってない」問題

日本で JPYC を持つ人の自然な姿を想像してみてください。円をステーブルコインにして、ウォレットに入れた。それだけです。そのウォレットに、ガス代用の KAIA や POL が入っている理由がない。

ところがブロックチェーンの寄付は、通常「ガス代を払える人」しかトランザクションを送れません。つまり寄付ボタンを押した瞬間に、「まず取引所で KAIA を買ってきてください」と言うことになる。ここでほぼ全員が離脱します。

だからガスレスは飾りではなくて、この仕組みが成立するかどうかの条件でした。

仕組み——署名は小切手、relayer は運び屋、コントラクトが金庫

使ったのは EIP-3009 という規格です。JPYC 自体がこの規格を実装しています。ざっくり言うと:

  1. 寄付する人は、ウォレットで署名だけします。署名はガスを消費しません。この署名は「この金額を・この募金箱に・1回だけ」という条件が焼き込まれた小切手のようなもので、それ以外の用途には使えません
  2. その署名を中継役(relayer)が受け取り、代わりにトランザクションとして送信します。ガス代はここが立て替えます
  3. コントラクト側が署名を検証し、寄付を処理します

中継役は正規の募金箱宛ての正しい署名だけを通す検査をしたうえで送信します(検査の手の内になるので詳細は割愛します)。設計上のポイントは、この中継役が寄付された JPYC そのものには一切触れないことです——寄付はコントラクトが署名を検証して箱に直接引き込みます。手数料(1回あたり最低 2 JPYC)は、この中継のガス代など運営コストに充当するためのものです。

事件簿——本番は教科書どおりに進まない

ローカルのテストは全部緑でした。それでも本番投入までの道のりで、事件は4つ起きました。むしろここからが本編です。

事件1: JPYC が3つある

Polygon 本番にデプロイして、寄付テストの準備をしていたときのことです。筆者がぽつりと言いました——「JPYC、3つあるけど」。

調べると本当に3つありました。初代 JPYC、旧 JPYCv2(前払式)、そして 2025 年に発行が始まった現行の JPYC(資金移動業ライセンスに基づく、償還可能なもの)。名前もシンボルも全部「JPY Coin / JPYC」。そして私たちの募金箱が受け入れ設定していたのは、移行対象の旧 v2 でした。 過去の作業記録に残っていたアドレスをそのまま使ってしまっていたのです。

寄付が入る前に発覚したので実害ゼロで済みましたが、教訓は明確でした。実資産トークンのアドレスは、発行体の公式一次情報と照合してから設定する。 ちなみに現行 JPYC は全チェーン同一アドレス(0xE7C3... で始まるあれ)に統一されているので、「チェーンごとにアドレスが違う JPYC」を見たら世代交代を疑うのがいまの正解です。

事件2: ウォレットに詐欺扱いされる

初寄付を試みた筆者の画面に、MetaMask が真っ赤な警告を出しました。いわく、「これは虚偽のリクエストです。承認すると資産をすべて奪われる可能性があります」。

自分たちで書いて、自分たちでデプロイしたコントラクトが、です。

理由を調べると腑に落ちました。EIP-3009 の署名は、実在の詐欺(ウォレットドレイナー)が多用する型なのです。「ガス不要でトークンを動かせる署名」は、フィッシングサイトが被害者に署名させて資産を抜く手口の定番になっている。そこに「デプロイされて1時間の、無名で未検証のコントラクト」という条件が重なると、セキュリティ機構は機械的に赤旗を上げます。

実際には、この署名で動かせるのは署名に書かれた金額だけ・宛先は募金箱だけ・1回だけなので、「すべて奪われる」は構造的に起こりません。それでも一般の訪問者がこの画面を見たら100%離脱するでしょう。コントラクトのソース公開(verify)と誤検知報告という地道な信頼獲得作業が宿題として残りました。新しいコントラクトは、まず疑われるところから始まる——これが2026年の Web3 の現実です。

追記(公開後): この宿題のうち、コントラクトのソース公開は済ませました。募金箱の金庫にあたるコントラクトは、Polygonscan と Kaiascan の両方でソースが検証済み(緑のチェックマーク付き)になっていて、誰でもエクスプローラー上で中身を読み、チェーン上のコードと一致していることを確認できます。「疑って検証してください」と言う以上、まず読める状態にするのが筋——そこだけは先に片付けた格好です。

事件3: ウォレットの取り合い

「JPYC は持ってる。でも寄付ボタンを押すと、JPYC が入っていない方のウォレットが起動する」——筆者の環境は MetaMask と Rabby の2枚差しでした。そして JPYC は Rabby 側にあった。

ブラウザのウォレット接続には古い仕組み(window.ethereum)と新しい仕組み(EIP-6963)があって、古い仕組みは拡張機能同士の早い者勝ちです。ページ側からはどちらが勝ったか選べない。ウィジェットは古い仕組みだけを見ていたので、負けた側の Rabby を呼び出す手段がありませんでした。

対応として、ウィジェットを EIP-6963 対応にしました。接続時にインストール済みウォレットを列挙して、複数あれば選択リストを出す。1枚しか入っていない人の体験は何も変わりません。複数ウォレットが当たり前になった今、埋め込みウィジェットを作る人はここを最初から考えておくのが良いと思います。

事件4: ブリッジで運べても、着地で使えるとは限らない

Kaia 本番で寄付テストをするため、Polygon にある資産を Kaia へ動かすことになりました。ブリッジ(チェーン間の資産移動サービス)自体はいくつもあります。問題はその先でした。

事前にチェーン上を実測してみると、あるブリッジが Kaia 側に発行するステーブルコインは、数万ドル分が存在するのに、主要 DEX での交換流動性がほぼゼロでした。つまり運べるけれど、着いた先で身動きが取れない。別の経路のトークンだけが、実用的な交換ルートを持っていました。

「どのブリッジが使えるか」ではなく「着地するトークンに、そのチェーンで換金経路があるか」を先に確かめる。地味ですが、これを怠ると少額でも往生します。最終的にはアグリゲータ(複数の DEX を横断して経路を探すサービス)に価格が付いているかで判定するのが手っ取り早い、という結論になりました。

そして、実弾の寄付が通った

事件を潰しながら、Polygon と Kaia の両方の本番で、本物の JPYC によるガスレス寄付が成立しました。寄付の内訳(箱への着金と手数料)は、チェーン上のイベントでそのまま確認できます。

面白いのは、この過程で直したバグや設計変更のかなりの部分が、機械のテストが全部緑になった後の、人間による実操作で見つかったことです。金額を空のまま寄付ボタンを押す。残高が足りないのに署名する。リロードしたら入力が消える。2枚目のウォレットが起動する。——自動テストは「書いた通りに動くか」を保証しますが、「人間がやりがちなこと」は人間がやってみないと出てきませんでした。

「本物の箱」証明と、その限界

仕上げに、募金箱の真贋を検証する仕組みを足しました。箱を生み出す factory コントラクトに問い合わせると、「そのアドレスは本当にここで作られた箱か」を1回の呼び出しで確認できます。台帳への書き込みは箱の作成時にしか起きないので、偽物の箱がこの判定を通ることはありません。

ただし、正直に限界も書いておきます。

  • この証明の信頼の根は、結局のところ「本物の factory のアドレスをどこで知ったか」に集約されます。偽サイトが偽 factory のアドレスを配れば、偽の箱は偽の factory に対しては「本物」です。だから factory のアドレスは公式の場所で公開し続けるしかない
  • そして、本物の箱であることと、箱の持ち主が善人であることは別問題です。箱の作成は誰にでも開かれているので、詐欺的な人物が「仕組みとしては本物」の箱を作ることはできます。この仕組みが保証するのは「資金は持ち主にしか引き出せず、記録が全部チェーン上で公開される」という構造まで

「箱の中の人は誰か」という身元のレイヤーは、この募金箱の外側にある次のテーマです。ここは別の記事でちゃんと書きます。

数字まとめ

項目
展開チェーンKaia / Polygon(本番)+ Kairos(テストネット)
実弾寄付Polygon: 100 JPYC(箱 98 + 手数料 2)/ Kaia: 500 JPYC(箱 495 + 手数料 5)
寄付側のガス消費0(両チェーンとも署名のみ)
自動テストコントラクト 155 / ウィジェット 126 / relayer 23
実操作で見つかったバグ3件 + 設計変更多数(自動テスト全緑の後で)

触ってみたい方は bokinbako のページへ。テストネット(Kairos)なら金銭的価値のないテスト用トークンで気軽に試せます。本番はまだ検証中の PoC なので、試すなら少額で。

免責

この仕組みは概念実証(PoC)であり、コントラクトは第三者監査を受けていません。利用は自己責任・少額でお願いします。寄付は税制上の寄付金控除の対象にはならず、受け取った側に課税が生じる場合があります。本記事は特定のトークンやサービスの利用を推奨するものではありません。


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