第11話 長崎の日誌『唐通事会所日録』を開く


1698年の記録。
最後は『長崎へ送っ
た』だったよね
最後は『長崎へ送っ
た』だったよね
送ったのなら、
長崎の側にも、
何か残ってるはず
長崎の側にも、
何か残ってるはず
はい。前に、
こう言いました
こう言いました
長崎側の記録は、
見つけられて
いません、と
見つけられて
いません、と

うん。それっきりに
なってた
なってた
あのときは、探し
きれていませんでした
きれていませんでした
長崎の、どこに、
どんな記録が残るのか
どんな記録が残るのか

そこから、調べ直します
長崎の、だれが、
何に書くの?
何に書くの?

言葉の分からない
異国の人は、長崎へ送る
異国の人は、長崎へ送る
前に見たとおりです
長崎には、通訳の
役目の人たちが
いました
役目の人たちが
いました
ポルトガル語の
できる人もいた、
って話ね
できる人もいた、
って話ね

はい。その中に、
中国語の通訳がいます
中国語の通訳がいます
唐通事(とうつうじ)
と言います
と言います
その役所が、毎日の
仕事を、日誌に付け
ていました
仕事を、日誌に付け
ていました
通訳の役所の、日誌

『唐通事会所日録』
と言います
と言います
とうつうじ、かいしょ、
にちろく
にちろく
残っている記事は、
1663年から
1715年まで
1663年から
1715年まで
1698年、入ってる

本になっています。7冊
1698年は、第2冊です
……で、それも
『まだ開いてない本』?
『まだ開いてない本』?

いいえ
これは、開けます
本文が、
公開されています
公開されています

開けるの!
やっと、中が読める
じゃあ、
1698年の5月!
1698年の5月!

その前に、ひとつだけ
言葉の通じない人が
送られてくると、
日誌にどう書かれるのか
送られてくると、
日誌にどう書かれるのか
10年前に、例が
あります
あります
どう書かれるかを、
先に見るのね
先に見るのね

1688年。旧暦の
8月2日の記事です
8月2日の記事です
読むと、こうです
『今日、薩摩より、
異形の者ふたり、
送りまいり』
異形の者ふたり、
送りまいり』
薩摩から、見なれ
ない姿の者がふたり、
送られてきた
ない姿の者がふたり、
送られてきた

異形(いぎょう)の者
……どんな姿だったの
……どんな姿だったの
くわしい様子は、
私が読んだ所には、
書いてありません
私が読んだ所には、
書いてありません
『今日』。着いた
その日に、書いてるのね
その日に、書いてるのね

はい。その日の記事です
続けて『両殿、御
寄合』とあります
寄合』とあります
『両殿』は、ふたり
の奉行。長崎の
役所の長です
の奉行。長崎の
役所の長です
そのふたりが、
そろって
立ち会いました
そろって
立ち会いました

偉い人が、ふたり
とも出てきたんだ
とも出てきたんだ
そこへ、通事たちが
呼ばれました
呼ばれました
記事に出てくる通事
は、5種類です
は、5種類です

唐通事。中国語です
おらんた通事。
オランダ語
オランダ語
ひらがなで書いて
あるんだ
あるんだ
もうる通事

しやむ通事
しやむ……シャム!
シャムの通事、
いたんだ
いたんだ

はい。この記事に、
出てきます
出てきます
最後は『東京久藏』
東京の通事の、久蔵
という人、と読めます
という人、と読めます
東京って、あの東京
じゃないよね
じゃないよね

はい。いまの東京で
は、ありません
は、ありません
『東京』と『もうる』
が、どこの言葉かは、
まだ確かめられ
ていません
が、どこの言葉かは、
まだ確かめられ
ていません
その通事たちが、
話しかけました
話しかけました

『通事ども、口聞き
申し候えども』
申し候えども』
『口通じ申さず』
どの通事も、言葉が
通じなかった
通じなかった

5種類そろえて、
ひとつも通じない
ひとつも通じない
そのふたり、
どこの人だったの
どこの人だったの
分かりません
続きの記事が、
無いのです
無いのです

8月2日のあと、
その年の終わりまで
その年の終わりまで
どこの人か。その
あと、どうなったか。
書いてありません
あと、どうなったか。
書いてありません
……そこで、
途切れるんだ
途切れるんだ
同じ記事は、幕府が
まとめた史料集にも
載っています
まとめた史料集にも
載っています
『通航一覧(つう
こういちらん)』
と言います
こういちらん)』
と言います

言葉の通じない人は、
長崎へ送る
長崎へ送る
長崎では、通事を
ずらっと並べて
確かめる
ずらっと並べて
確かめる
それが、本当にあった
はい
1698年の記録の
『言葉が通じない。
長崎へ送った』
『言葉が通じない。
長崎へ送った』

あれは、実際にある
扱いです
扱いです
通訳の話、
ずっと出てくるね
ずっと出てくるね
オランダ語、
ポルトガル語。
今度は5種類
ポルトガル語。
今度は5種類
じゃあ、あの女の人も、
こうやって調べられたはず
こうやって調べられたはず
シャムの通事もいる

シャムの人なら、
言葉が通じたかも
言葉が通じたかも
送られていれば、です
1698年の5月から。
開けて
開けて

記録によると、
舟が着いたのは、
1698年の5月
舟が着いたのは、
1698年の5月
日誌の第2冊。
5月から年末まで、
107ページです
5月から年末まで、
107ページです
記事は、毎月あります。
欠けた月は、ありません
欠けた月は、ありません
何が書いてあるの

ほとんどは、中国の
船のことです
船のことです
よその土地に
流れ着いた唐船が、
何件も。シャム
から来た船も
流れ着いた唐船が、
何件も。シャム
から来た船も
漂着も、ちゃんと
書いてるんだ
書いてるんだ
じゃあ、三河は?
吉田は?
吉田は?
『吉田』が、一度
だけ出ます
だけ出ます

あった!
12月の、唐船の
漂着の記事です
漂着の記事です
人の名字でした
……人か

三河や参州(さんしゅう)
の字は、一度も出ません
の字は、一度も出ません
異国の女も。言葉の
通じない者も。人の首も
通じない者も。人の首も
……いない

見落としじゃないの?
107ページを、
順に読みました。
字でも、探しました
順に読みました。
字でも、探しました
それでも、見落とし
が無いとは、
言い切れません
が無いとは、
言い切れません

遅れただけかも。
三河から長崎よ。
遠いでしょ
三河から長崎よ。
遠いでしょ
次の年は?
1699年。第3冊。
96ページです
96ページです

2月。薩摩から、
朝鮮の人が送られ
てきた記事
朝鮮の人が送られ
てきた記事
よそから来た人、
書いてあるじゃない
書いてあるじゃない
7月。シャムから来た
船の用で、シャムの
通事が出てきます
船の用で、シャムの
通事が出てきます

次の年にも、いたのね
三河と、異国の女は、
この年にも
出てきません
この年にも
出てきません
さっきの『通航一覧』も、
引きました
引きました
10年前のふたりは
載っていて、
1698年の三河の舟は、
見当たりません
載っていて、
1698年の三河の舟は、
見当たりません

10年前のふたりは、
着いたその日に
書いてあるのに
着いたその日に
書いてあるのに
本文は、公開されて
います。だれでも、
確かめられます
います。だれでも、
確かめられます

送られてないなら、
女の人は、どこへ
行ったの
女の人は、どこへ
行ったの
記録は『長崎へ送った』
までです
までです
その先は、どこにも
書いてありません
書いてありません

載っていないことは、
送られなかった証拠
ではありません
送られなかった証拠
ではありません
読みは、みっつあります
ひとつ。
送られなかった。
『送った』は、
そう決めた、まで
送られなかった。
『送った』は、
そう決めた、まで
ふたつ。送られたが、
別の帳面に載った
別の帳面に載った
みっつ。1698年の
記事そのものが、
聞いた話を書いた物
記事そのものが、
聞いた話を書いた物

どれなの
ここからは、選べません。
選ぶ材料が、ありません
選ぶ材料が、ありません
……当時の人なら

言葉の通じない女の
人と、男の首よ。
大ごとでしょ
人と、男の首よ。
大ごとでしょ
10年前は、奉行が
ふたりそろって、
通事を5種類
ふたりそろって、
通事を5種類
着いたその日に、
書いてる
書いてる
当時の役人なら、
書き留める
書き留める
——書いてない

10年前は、
そうでした
そうでした
毎回そうだったかは、
分かりません
分かりません
うん。どれかは、
決まらない
決まらない

でも、どれでも、
言えることは同じ
じゃない?
言えることは同じ
じゃない?
『長崎へ送った』は、
確かめられる、
たったひとつ
の行だった
確かめられる、
たったひとつ
の行だった
確かめに来たら、
支えが出てこなかった
支えが出てこなかった
ねえ。1698年の
記録って、だれが
書いたんだっけ
記録って、だれが
書いたんだっけ
分かっていません。
だれが、いつ書いたか
だれが、いつ書いたか

1681年から
1703年の出来事
を、集めた本です
1703年の出来事
を、集めた本です
この舟のことを書い
てるのは、ほかに?
てるのは、ほかに?
いま分かっている
かぎり、この一冊です
かぎり、この一冊です

三河の地元の記録は、
挙がっていません
挙がっていません
……1699年の
日記。熱田の舟の噂
を、書きとめた人
日記。熱田の舟の噂
を、書きとめた人
あのとき、クロコ、
言ったよね
言ったよね
確かに言えるのは
『そう話す人たちがい
た』まで、って
『そう話す人たちがい
た』まで、って

はい。1699年の
日記は、人から
聞いた噂でした
日記は、人から
聞いた噂でした
その人たちが自分の
目で見たのかは、
分かりません、と
目で見たのかは、
分かりません、と
1698年の方も、
同じじゃない?
同じじゃない?

『そう書いた人が
いた』まで
いた』まで
見て書いたのかは、
分からない
分からない

事実として言えるの
は、みっつです
は、みっつです
日誌は、欠けていない
この舟を言う
出どころは、一冊
出どころは、一冊
その本は、だれが、
いつ書いたか分からない
いつ書いたか分からない
……同じです
書いた人が、自分の
目で見たのかは、
分かりません
目で見たのかは、
分かりません

ただ、作り話だと
決まったわけでも
ありません
決まったわけでも
ありません
うん。うそだって
言ってるんじゃないの
言ってるんじゃないの

あの日記の人は
『共に虚説也』。
どれも作り話だ、
って切った
『共に虚説也』。
どれも作り話だ、
って切った
わたしは、そこまでは
言わない
言わない
でも『皆がまるで
見てきたように
話す』の方
見てきたように
話す』の方
わたし、1698年の方は、
本当にあった事
として考えてた
本当にあった事
として考えてた

女は長崎へ行って、
首はこっちに残って、って
首はこっちに残って、って
年と場所が書いて
あるだけなのに
あるだけなのに
見てきたように信じ
てたの、わたしだ
てたの、わたしだ

1698年は記録、
1699年は噂、
って分けてきたけど
1699年は噂、
って分けてきたけど
どっちも『そう書いた
物がある』まで
物がある』まで
はい。そこまで、です

まとめるね
長崎へ送る扱いは、
本当にあった
本当にあった
でも、その日誌に、
あの人はいない
あの人はいない
1698年の記事も
『そう書いた人が
いた』まで
『そう書いた人が
いた』まで
はい

うそと決まったわけ
じゃない
じゃない
でも、本当だとも
言えない
言えない
……なのに
流す刑も、首の罰も、
長崎の通事も
長崎の通事も

ぜんぶ、本当にあった
うそかもしれない
話が、なんで、
こんなに本物
らしいの
話が、なんで、
こんなに本物
らしいの

