Yyatmita

第9話 白いつけ髪の女

さっきの絵、
もう一回出して
この顔、
やっぱり西洋人には
見えないんだよね
東南アジアの
人っぽい
1803年の話は、
元は昔の舟の話
かもしれない
最初に、
そう言ってたよね
※ 実物の絵です。出典は、この話の最後のページに
なら、この絵に、
舟の女の手がかりが
残ってないかな
元の話かどうかは、
『かもしれない』
のままです
105年前に、
同じ型の話を
書いた記録がある
1803年の話の中でも、
土地の老人が
言っていました
『昔も、
こういう異国の女が
流れ着いた』と
でも、1698年の舟が
元の話だ、
とまでは言えません
分かってる
だから
『もし元が同じなら』
で見るだけ
分かりました。
その条件で見ます
この絵は、1803年の、
常陸(ひたち)の
浜の話の絵です
浜に丸い舟が着いて、
言葉の通じない
女がひとり
女は、箱を抱えて
離さない。
そういう話でした
その話を書いた
本の一つに、
この絵があります
ほら。目が細くて、
丸い顔
そう見えるのは、
自然です
ただ、絵の顔は、
当てにしにくいのです
絵師が、女を実際に
見て描いたのか。
それが分かりません
見ないで描いた
かもしれないの?
はい。同じ話を描いた、
別の本の絵があります
その絵について、
公の解説は、
こう言っています
『顔つきは、
日本画的に
描かれている』
この絵じゃなくて、
別の本の絵の話?
はい。この絵そのものの
解説は、
顔に触れていません
でも、日本の絵の
描き方で描く
ものなのね
はい。
そういう描き方なら
顔つきから、
どこの人かは
読めません
じゃあ、顔はだめか
顔つきでは、
決められません
絵がだめなら、
文の方は?
女のことを、
どう書いてるの
文は、絵の本とは
別の本にあります
前に見た『兎園小説
(とえんしょうせつ)』。
1825年の本です
箱の中は首ではないか、
と老人が言う、
あの本です
女は『蛮女
(ばんじょ)』。
外国の女、
という言い方です
眉と髪が、赤い。
顔は、桃色
そして、
言葉が通じない
赤い髪。
絵も、赤茶色だ
はい。絵と文は、
合っています
書き手は、
女の素性も
推測しています
イギリスや
アメリカなどの、
王の娘ではないか、と
書いた人は、
西洋の人だと
思ってたんだ
はい。ただ、根拠は、
舟の中にあった
文字です
顔や髪を見て
決めたのでは、
ありません
書き手の推測です
推測か
ねえ、
この白いの、何?
頭の後ろから、
背中に垂れてる
絵に、手書きの
書き込みがあります
赤い線の先。
上の大きな字と、
その下の『白し』
上の字、読めない
つけ髪・かつら、
という意味の
言葉です
『白し』は、
白い、です
文字起こしは
見つかっていないので、
私の読みです
絵に『白いつけ髪』って、
書いてあるんだ
文の方にも、
あります
『頭髪は入れ髪で、
白く長く、
背に垂れている』
入れ髪(いれがみ)は、
自分の髪に足す、
別の毛のことです
白いつけ髪って、
エクステンション?
今の言葉なら、
近いです
文は、こう続きます
『それは獣の毛か、より糸
(ねじり合わせた糸)か、
知る者がない』
何で出来てるか、
分からなかったんだ
はい。話の中でも、
分かっていません
まとめると
赤い髪に、桃色の顔
背中に、
白くて長いつけ髪。
何で出来てるかは、
分からない
はい
エクステンションに
似たファッションが
あった文化から、
探れないかな
どこの人か、が
白くて、長くて、
背中に垂れる物
それと、舟のころに、
あった物
調べました。
その目じるしで、
順に見ます
一つ目は、
白い粉です
1825年の本の注が、
もう一つの読みを
出しています
ロシアの女は、
髪に白い粉を塗る。
別の本に、そうある
うつろ舟の女の
白い髪も、
同じ類ではないか、と
粉を、髪に?
はい。髪に白い粉を
振るおしゃれは、
西洋に実際にありました
1690年代には、
もうありました
舟のころだ。
じゃあ、粉?
粉だと、
形が合いません
粉は、髪ぜんたいを
白くします
話の女は、髪は赤い。
白いのは、
垂れている物だけです
そうか。
赤い髪は、
赤いままだもんね
二つ目は、
西洋の頭飾りです
フォンタンジュ、
と言います
1680年代に、
フランスの宮廷で
始まりました
1690年代が、
流行の盛り。
フランスの外にも
広がりました
頭の上に、レースの
飾りを立てます
レースは、糸で編んだ、
透かし模様の布です
その後ろから、
長いレースの垂れが二本。
肩や背中へ
前には、自分の髪を
見せます
前に自分の髪。
後ろに長い垂れ
……似てる。
しかも1690年代
舟が着いたのと、
同じころだ
形は、近いです
これは推測ですが
レースを見たことの
ない人には、
毛か糸か分からなかった
それは、あり得ます
『獣の毛か、
より糸か』。それだ
そのレース、
白いの?
白い麻の
レースの垂れなら、
実物が残っています
ただ、それは
別の年代の物です
1690年代の物の色は、
確かめられていません
1690年代だけの
物なの?
いいえ。レースの垂れは、
ほかの年代にもあります
じゃあ
『舟のころにぴったり』
とまでは、言えないのか
はい。形は近い。
言えるのは、
そこまでです
三つ目。
シベリアの民族の、
付け三つ編みです
女が頭の後ろに着けて、
背中に長く垂らします
ただ、白くありません。
いつからあるかも、
分かりません
あ、そうだ。
シャムは?
前に、
シャムの宮廷の事件を
見たよね
シャムの都の、
女の髪型を書いた
記事を読みました
結い上げる髪型と、
肩のあたりまで
垂らす髪型
白いつけ髪を背中に
垂らす髪型は、
その記事にはありません
シャムには無い、
ってこと?
そこまでは言えません。
読んだ記事には
無かった、までです
まとめるね
粉は、形が違う。
北のは、白くない
シャムは、
見つからない
いちばん近いのは、
西洋の頭飾り
はい。この四つの中では、
そうです
じゃあ、舟の女は、
西洋の人?
そこが、
いちばん大事な所です
この白いつけ髪は、
1803年の話の
女の物です
私たちが追っているのは、
1698年の舟です
あ
まず、
場所が違います
1698年の舟は、
三河の吉田浦。
今の愛知県です
1803年の話は、
常陸の浜。
今の茨城県です
全然、別の所だ
それに、
1803年の話の中の
老人です
『昔も、こういう
異国の女が、
近くの浜に流れ着いた
ことがあった』
『昔も』。
……この女とは、
別の女ってこと?
はい。話の中でも、
白いつけ髪の女と、
昔の舟の女は、
別の人です
『近くの浜』も、
常陸の近くと
読むなら、
三河とは合いません
資料どおりに読めば、
別の出来事なのね
はい。『元は同じ話
かもしれない』は、
その上に置いた、
仮の読みです
その読みで見るって、
決めたんだった
1698年の記録は、
女をどう書いていたか
女がひとり。
言葉が通じない
見た目は、
いま読める解説や
要約には、
出てきません
原文は、
まだ開いていません
原文の
文字起こしが、ネットに
見つからないのです
1699年の日記は?
『非常に美しい宮女』。
それだけです
髪の色も、
顔つきも、
書いていません
髪の話は、
どっちにも無いのか
年を並べます
1698年。舟が着いた、
と記録が言う年
1803年。
常陸の話の年。
105年あとです
1825年。その話を書いた
本の年。127年あとです
絵の本は、
いつの本か、
確かめられていません
絵の本も、文の本も、
1803年より後よね
はい
白いつけ髪が
出てくるのは、
100年より後の、本と絵
そして、
100年のあいだに、
話は変わります
前に見ました。
見えていた首が、
箱の中に隠れた
首が、箱に
化けたんだった
……じゃあ、髪も、
あとから
付いたのかも
あり得ます。
これは推測ですが
外国の女なら、
こういう姿だろう
あとの時代の人が
知っていた姿が、
足された
書き手たちは、
ロシアの女の髪の話まで
知っていました
さっきの注ね
逆に、本当に
昔の舟の女の姿が
残った、ってことは?
それも、消せません
ただ、
いま読める範囲では
1698年にも1699年にも、
髪の話がありません
確かめる手が、
無いのです
1698年の記録の原文に、
髪のことが書いてあれば
話は変わります。
原文は、
まだ開いていません
顔は、絵の描き方
髪は、100年より後の
本と絵
なるほど。
エクステンションぽい
伝承が100年後だと、
扱いも難しいね
はい。1803年の話の
女の見た目からは
1698年の舟の女が
どこの人かは、
決められません
分かったことも、
あります
1698年の記録は、
いま読める範囲では
女を『西洋人』とも、
どこの人とも、
書いていません
どこの人でも、
記録とは食い違いません
シャムでも、
西洋でも、
食い違わないのか
『どこから来たか』は、
開いたまま
まとめるね
1803年の話の女の
見た目は、
100年より後の物
1698年の舟の女を
決める手がかりには、
使いにくい
1698年の記録は、
いま読める範囲では、
見た目を書いてない
どこの人でも、
食い違わない
はい
100年あとの話だと、
扱いが難しい
見た目で分からないなら、
された事の方から
……1年あとの、
1699年の日記
噂だけど。
まだ調べてない物が、
一つある
坊主の首を、
大釘が貫いていた、
って所
……生首に釘を打つ
文化なんて、あるの?
絵の出典: 『弘賢随筆』国立公文書館所蔵(一部を切り出して使用)
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