第6話 祀られたのは、女か、首か


ただ、
祀られたのは貴人
祀られたのは貴人
もし1698年の
舟の話なら——
貴人は、女?
それとも、男の首?
舟の話なら——
貴人は、女?
それとも、男の首?

まず、資料は
貴人のことを
何て書いてるの
貴人のことを
何て書いてるの
貴人のことを
書いているのは、
1981年の事典です
書いているのは、
1981年の事典です
満潮の夕方、
貴人がうつぼ舟に
乗って上陸した
貴人がうつぼ舟に
乗って上陸した

貴人の名は、
正仁明神。読み方は、
分かっていません
正仁明神。読み方は、
分かっていません
のちの人が、
その貴人の霊を祀って、
車大明神と呼んだ
その貴人の霊を祀って、
車大明神と呼んだ
事典が貴人について
書いているのは、
この三つの文です
書いているのは、
この三つの文です

男とも女とも、
書いてないの?
書いてないの?
はっきりとは、
書いていません
書いていません
『貴人』は、
身分の高い人。
男にも女にも言います
身分の高い人。
男にも女にも言います

いきなり空振りか
確かめたことと
結果を、
表にしていって
結果を、
表にしていって
はい。一つ目です

正仁明神という語から
なにかわからないの?
なにかわからないの?
洋名とか
外国の名を写した字、
と言える材料は
ありません
と言える材料は
ありません

読み方も、
まさひと、ただひと、
しょうじん。
決められません
まさひと、ただひと、
しょうじん。
決められません
じゃあ、
日本の名前なの?
日本の名前なの?

日本の名として、
ふつうに読める字です
ふつうに読める字です
もう一つ。
『明神』は、
名前ではありません
『明神』は、
名前ではありません
神田明神の、明神?
はい。
神に付ける称号です
神に付ける称号です
外から来たとされる
神にも、付けます
神にも、付けます

新羅(しんら)明神は
朝鮮半島から、
赤山(せきざん)明神は
中国から
朝鮮半島から、
赤山(せきざん)明神は
中国から
外国の人でも、
『なんとか明神』
になるのね
『なんとか明神』
になるのね
はい。『正仁明神』は、
生きていたときの
名とは限りません
生きていたときの
名とは限りません
あとから、神として
付けた名かもしれません
付けた名かもしれません

じゃあ、名前からは
どこの国の人かも、
だれなのかも、
分かりません
だれなのかも、
分かりません

『正仁』って名前の人、
実際にはいないの?
実際にはいないの?
います
えっ

有栖川宮
(ありすがわのみや)
正仁親王。
天皇の一族の人です
(ありすがわのみや)
正仁親王。
天皇の一族の人です
この人の『正仁』は、
ただひと、と読みます
ただひと、と読みます
生まれは、1694年

舟の4年前。
いるじゃない!
いるじゃない!
はい。ですから、
1698年には4歳です
1698年には4歳です
……4歳

舟で来た貴人、
本人ではあり得ません
本人ではあり得ません
この親王と
車神社を結ぶ史料も、
見つかっていません
車神社を結ぶ史料も、
見つかっていません
ただの偶然か

面白い偶然ですが、
証拠はありません
証拠はありません
性別は?

手がかりは、
二つあります
二つあります
一つは、
名前の『正仁』。
皇族の男に付く名でした
名前の『正仁』。
皇族の男に付く名でした
もう一つが、
『皇子ヶ原』
『皇子ヶ原』
貴人が上陸して、
しばらく留まった
所の名です
しばらく留まった
所の名です
1992年の名鑑の
文として、伝わっています
文として、伝わっています

皇子って、
天皇の息子よね
天皇の息子よね
はい。男です
名は『正仁』。
留まった所は
『皇子ヶ原』
留まった所は
『皇子ヶ原』
言い伝えは、貴人を、
身分の高い男として
伝えています
身分の高い男として
伝えています

やっと当たり!
はい。ただ、
小さな当たりです
小さな当たりです
『貴人は男』と
書いた文が、
あるわけではありません
書いた文が、
あるわけではありません

『皇子ヶ原』は、
1981年の事典には
ありません
1981年の事典には
ありません
1992年の名鑑より
古くは、まだ
たどれていません
古くは、まだ
たどれていません
まとめるね

資料から分かったのは、
男ってことだけ
男ってことだけ
はい。資料から
言えるのは、
そこまでです
言えるのは、
そこまでです

ここからは、
1698年の舟の話だと
したら、で考える
1698年の舟の話だと
したら、で考える
ストーリーとしては
女性を祀った
パターンと
女性を祀った
パターンと
首を弔った
パターンがあると
思うけど
パターンがあると
思うけど
1698年の記録を、
思い出します
思い出します

ウツホ舟。
女がひとり。
舟の先に、男の首
女がひとり。
舟の先に、男の首
まず、
女を祀ったとします
女を祀ったとします
すると、女が
いつの間にか
『皇子のような男』に
変わったことになります
いつの間にか
『皇子のような男』に
変わったことになります
女だったことが
忘れられた。
そう考えないと、
つながりません
忘れられた。
そう考えないと、
つながりません

次に、男の首を
弔(とむら)った
とします
弔(とむら)った
とします
首を埋める。
塚ができる。
その霊を祀る
塚ができる。
その霊を祀る
それが『正仁明神』に
なった。男、
という点には合います
なった。男、
という点には合います

首の方が、
すっきりするね
すっきりするね
ただ、資料に
『首を祀った』とは、
一言もありません
『首を祀った』とは、
一言もありません
書いてあるのは
『上陸した貴人の
霊を祀った』です
『上陸した貴人の
霊を祀った』です

上陸したのは、
生きている人です
生きている人です
首は、
上陸しない……
上陸しない……
ですから、
資料では、
どちらとも決まりません
資料では、
どちらとも決まりません

ただ、『男』という
当たりに合うのは、
首の方です
当たりに合うのは、
首の方です
舟で来た女の話と、
祀られた男の話
祀られた男の話
別々だった二つが、
あとで一つに
まとめられた、とか?
あとで一つに
まとめられた、とか?
言い伝えでは、
あり得る形です
あり得る形です

ただ、それを示す
史料はありません
史料はありません
首については、
1699年の日記の噂に、
こうありました
1699年の日記の噂に、
こうありました
『坊主の首、
大釘に貫いてある』
大釘に貫いてある』

まあ当時の人の
感覚として、
釘うちされた異人の
生首とか処置に困るかなと
感覚として、
釘うちされた異人の
生首とか処置に困るかなと
そう思います
女より、首の方が
厄介だったはずです
厄介だったはずです

罪の証拠かもしれない。
異国の人で、
勝手に埋めてよいかも
分からない
異国の人で、
勝手に埋めてよいかも
分からない
死に触れると
穢(けが)れる、
と考えられていました。
だれが触るのか
穢(けが)れる、
と考えられていました。
だれが触るのか
恨んで死んだ人は
祟(たた)る。
そうも信じられていました
祟(たた)る。
そうも信じられていました

記録では、その首、
どうなったの?
どうなったの?
1698年の記録は
『長崎へ送った』
までです
『長崎へ送った』
までです
送ったのが女だけなのか、
首もなのかは、
書いていません
首もなのかは、
書いていません

首のその後は、
分からないのね
分からないのね
はい。
記録にはありません
記録にはありません
ただ、首を長崎へ
送った、とも
書いていません
送った、とも
書いていません
外国の人の遺体が
着いたら、
土地で埋めたのかな
着いたら、
土地で埋めたのかな
ほかの例は、
無いの?
無いの?

公の記録に、
例が一つあります
例が一つあります
五島(ごとう)で、
オランダ人を乗せた船が
遭難しました
オランダ人を乗せた船が
遭難しました
生き残ったのが1人。
遺体が4体
遺体が4体
役人は、遺体を
塩に詰めて、
傷まないようにしました
塩に詰めて、
傷まないようにしました

そして、長崎の
奉行所、幕府の役所へ
知らせています
奉行所、幕府の役所へ
知らせています
……埋めて
ないじゃない
ないじゃない
はい。勝手に埋めずに、
上へ知らせた例です
上へ知らせた例です

外国の人の遺体は、
土地で勝手に
片づけられない物でした
土地で勝手に
片づけられない物でした
でも、首だけよ。
もう傷んでる
もう傷んでる
それを
長崎まで運ぶ?
長崎まで運ぶ?
運んだとも、
埋めたとも、
記録はありません
埋めたとも、
記録はありません
ここまでは、
外国の人の
遺体の話です
外国の人の
遺体の話です

一方で、
斬られた首を埋めて
祀る形は、
日本にあります
斬られた首を埋めて
祀る形は、
日本にあります
首塚(くびづか)です
たとえば、平将門
(たいらのまさかど)
(たいらのまさかど)
討たれて、
首をさらされました
首をさらされました

その首が祟る、
という言い伝えがあります
という言い伝えがあります
首塚があり、
いまは神田明神に、
神として祀られています
いまは神田明神に、
神として祀られています
神田明神……明神だ

はい。弔った死者が、
のちに神になる
のちに神になる
日本では、
珍しいことではありません
珍しいことではありません
じゃあ、こうなる

女は長崎へ去って、
男の首だけが
土地に残った
男の首だけが
土地に残った
それを弔って、
神にした
神にした
筋としては、
通ります
通ります
ただ、
証拠はありません
証拠はありません
車神社と1698年の
舟を結ぶ史料は、
まだ一本もありません
舟を結ぶ史料は、
まだ一本もありません

たしかに
思いつきだけど、
だれも触りたくないから
だれも触りたくないから
車に載せて
車ごと埋葬したのも
考えられるか
車ごと埋葬したのも
考えられるか

仮説としては、
十分あり得ます
十分あり得ます
だれも触りたくない。
だから、車に載せて運ぶ
だから、車に載せて運ぶ
その車も、
穢れた物として、
もう使わない
穢れた物として、
もう使わない

首と一緒に埋める
そこが
『車を埋めた所』
になります
『車を埋めた所』
になります
待って。それ
『車を埋めた処を
車塚という』
じゃない!
車塚という』
じゃない!

はい。
1992年の名鑑の文です
1992年の名鑑の文です
前に見たとき、
二つの文は、
隣り合っている
だけでした
二つの文は、
隣り合っている
だけでした
この仮説だと、
二つが初めて
一本につながります
二つが初めて
一本につながります

つながった……!
そういう例、
ほかにあるの?
ほかにあるの?
首と車を一緒に
埋めた例は、
見つかっていません
埋めた例は、
見つかっていません

ふつうは、
布で包むか、
桶に入れます
布で包むか、
桶に入れます
車を一台つぶすのは、
高くつきます
高くつきます
車ごと埋めるのが
当たり前だった、
わけではありません
当たり前だった、
わけではありません

また空振り
死者を運んだ車を埋めた、
という話なら、あります
という話なら、あります

京都の物集女(もずめ)
車塚古墳。前に見ました
車塚古墳。前に見ました
天皇の棺を運んだ車を
埋めた、という話の
付いた古墳です
埋めた、という話の
付いた古墳です
でもあれ、
古墳は6世紀で、
天皇は9世紀だったよね
古墳は6世紀で、
天皇は9世紀だったよね

はい。
年が合いません。
起きたと確かめられた
話ではありません
年が合いません。
起きたと確かめられた
話ではありません
それに、
いちばんの反論が
残っています
いちばんの反論が
残っています
『車塚』という名が先で、
『車を埋めた』は
あとから付いた
『車を埋めた』は
あとから付いた

いまの資料には、
その読みの方が合います
その読みの方が合います
じゃあ、
どうやったら
確かめられるの
どうやったら
確かめられるの
掘れば、出るはずの
物があります
物があります

古墳の時代の
骨ではなく、
江戸時代の人の、
頭の骨
骨ではなく、
江戸時代の人の、
頭の骨
頭だけで、
首から下がありません
首から下がありません
金属が貫いた跡。
鉄の釘
鉄の釘
車の木や、金具の跡

そして、古墳が
できたずっとあと、
17世紀の末に
掘った穴です
できたずっとあと、
17世紀の末に
掘った穴です
1968年に、
一度調べてるよね
一度調べてるよね
『近世祭祀用具』
が出たって
が出たって

はい。江戸時代の
祭祀の道具が出た、
と登録されています
祭祀の道具が出た、
と登録されています
何が、どこから
出たのかは、
報告書に載っている
はずです
出たのかは、
報告書に載っている
はずです
その報告書は、
まだ開いていません
まだ開いていません
登録に挙がっている
江戸時代の物は、
祭祀の道具だけ
江戸時代の物は、
祭祀の道具だけ

骨は、
挙がっていません
挙がっていません
出てないなら、
無いんじゃないの
無いんじゃないの

そうとも言えません
神社の建物の下は、
まだ分かっていません
まだ分かっていません
江戸時代の人の
頭の骨が出れば、
話が変わります
頭の骨が出れば、
話が変わります

確かめられる
仮説です
仮説です
まとめるね
分かったのは、
男ってこと
男ってこと
1698年の舟と
結ぶなら、
祀られたのは男の首
結ぶなら、
祀られたのは男の首

首ごと車を埋めた、
という筋は立つ
という筋は立つ
でも、そのものの例は
無いし、証拠も無い
無いし、証拠も無い
はい

……空振りばっかり
はい。当たりは二つ、
空振りは九つです
空振りは九つです

確かめるには、
報告書を開くか、
もう一度掘るかです
報告書を開くか、
もう一度掘るかです
どっちも、
いまはできない
いまはできない
なら、
記録で確かめよう
記録で確かめよう

もし、祀られたのが、
あの首の主なら
あの首の主なら
言い伝えでは『皇子』。
記録では『男の首』
記録では『男の首』
首を切られた
外国の皇子。
その記録は
ないのかな?
外国の皇子。
その記録は
ないのかな?

