Yyatmita

第1話 江戸時代のUFO『うつろ舟』の正体は

ねえ、クロコ。最新の
ニュースなんだけど
江戸時代のUFOに、
新しい記録が
見つかったって。
本当?
これ、かなり
面白い史料です
ただし、『江戸時代の
UFO事件が証明された』
という話ではありません
もとは『うつろ舟』
という、江戸時代の
有名な話です
話はこうです。
1803年、常陸国。
今の茨城県の浜です
そこへ、丸い舟が
流れ着いた。
中には、言葉の
通じない女が一人
これが、昔から
よく知られている
絵です
※ 実物の絵です。出典は、この話の最後のページに
舟には、
謎の文字
女は箱を一つ
持っていて、
絶対に
手放さない
……たしかに
UFOっぽい
今回のニュースは、
こうです
うつろ舟の話を書いた
記録が、秋田で新しく
確認された
書かれたのは
1867年
『新発見』といっても、
2026年に古文書が
出てきたわけでは
ありません
前から秋田の図書館に
あった文書です
その中にうつろ舟の
話があると、研究者が
気付きました
図書館に、ずっと
あったんだ
面白いのは中身です
秋田の記録にも、舟と、
言葉の通じない女は
出てきます
ところが、箱も、
謎の文字も出てきません
役所に届け出ると、
『紅毛通辞』を呼ぶ
ことになった、
とあります
『紅毛通辞』は、
オランダ語の通訳です
当時、付き合いの
あった西洋の国は
オランダでした
急に現実的ね
はい。怪談という
より、外国人が
流れ着いたとき
の対応です
なので、私は
こう見ています
1803年の出来事が、
人から人へ
伝わるうちに
箱や謎の文字を足されて、
怪談に育っていった
一つ、気をつけて
読みたい所があります
ニュースの記事は、
こう書いています
これは言い過ぎです
言い過ぎ?
秋田の記録が書かれたのは、
1803年の64年後です
見た人が、その時に
書いた記録では
ありません
言えるのは
『1867年には、
この話が秋田まで
伝わっていた』
そこまでです
整理します。
『新しい記録が確認
された』は、本当
『話が広く伝わっていた』
は、かなり確か
『1803年に本当に
舟が流れ着いた』
は、まだ証明されて
いません
『UFOだった』は、
根拠なし、です
面白そうな話ね
これまでの資料と
並べてみて。
年代と内容別に
うつろ舟を書いた
資料を、年代順に
並べました
有名な話を書いた本の
一つが『兎園小説』。
1825年の本です
この本では、女が
手放さない箱の中身
まで、話が進みます
土地の老人が、
こう言うのです
『箱には、密通相手の
男の首が入っている
のではないか』
密通は、許されない
男女の仲のことです
結末は、役所に知ら
せると面倒だからと、
女を舟ごと沖へ返します
返しちゃうんだ
年表の左の端も見て
ください。『参考』
として置いた年です
1698年、
三河国吉田浦
さらに面白い、
1803年より前の話です。
国立公文書館には——
ちょっと待って
三河国吉田って……
はい。しかも、
ここは重要です
『三河国吉田浦』は、
今の愛知県豊橋市の
あたりです
1698年、その浜に
舟が着いた、と
書いた記録があります
国立公文書館が紹介
している記録で、
『ウツホ舟』
と書いてあります
『改正甘露草』。
1681年から1703年の
出来事を集めた本です
常陸のうつろ舟より、
105年前です
記録では、舟の中に
女が一人。
言葉は通じない
舟の先には、男の首
首が、むき出しで?
はい。そして女は、
長崎へ送られた、
とあります
丸い舟も、謎の文字も、
箱も、出てきません
さっき私は
『1803年の出来事が
怪談に育っていった』
と言いました
単純化しすぎでした。
修正した方がいいです
105年前に、同じ型の
話が、もうあるからです
1803年の話は、
ゼロから生まれた
怪談ではないのかも
しれません
じゃあ、こっちが
元の話?
そこまでは、まだ
言えません
言えるのは
『1698年の出来事
として、そう書いた
記録がある』まで
今残っているこの本が、
いつ書き写されたものか
そこは、まだ
確かめていません
1698年に本当に
舟が着いた、とまで
は言えません
箱も謎文字もないの
に、首だけはある
すすめて
調べ進めると、
面白くなりました
有名な『兎園小説』
の中に、手がかり
があります
箱の中は首ではない
か、と言った、
あの老人です
老人は、こう続けます
『昔も、こういう
異国の女がうつろ舟
に乗せられて』
『近くの浜に
流れ着いたことが
あった』
その昔の舟には、
板のような物の上に、
人の首が載っていた
そういう言い伝えも、
書いてあります
前にもあった、って
書いてあるんだ
はい。有名な話の
語り手自身が、そう
言っています
この『昔』がいつ、
どこの話なのかは、
分かりません
ここで、男の首の
置き場所を並べます
1698年の三河では、
舟の先に、むき出し
老人の言う昔の話では、
板のような物の上
1803年の常陸では、
箱の中ではないか、
という推測
見えていた首が、
箱の中に隠れる
『開けてはいけない箱』
という謎に変わった
わけです
首が、箱に化けたんだ
吉田浦があった豊橋を、
調べてみました
すると、もう一つ出
てきました。ここが
今回一番意外でした
豊橋市植田町の、
車神社です
今も豊橋にある神社です
この神社には、
こういう言い伝えがあります
貴人が『うつぼ舟』に
乗って、この地に
上陸した
貴人は、身分の高い人
のことです。
名は正仁明神
舟で来た人が、神様
になってる
はい。舟の話が
一つだけなら、
ただの奇談です
でも同じ豊橋に、
舟で来た人の話が、
もう一つあった
1698年の三河吉田浦が、
孤立した奇談では
なくなってきます
その神社、
いつからあるの
言い伝えでは725年。
これは確かめられません
確かな記録では、
1693年です
1693年って……
舟が着く5年前?
はい。神社は、
1698年の舟より
先にありました
ただ、神社の舟の
言い伝えがいつから
あるのかは、まだ
分かりません
次に掘るなら、私は
車神社に集中します
神社に、もとから
舟の話があったのか
それとも、あとから
付いた話なのか
絵の出典: 『弘賢随筆』国立公文書館所蔵(一部を切り出して使用)
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